第12話 文化祭の準備期間は、怪奇現象(物理)が多発します~


季節は秋。


 高校生にとって最大のイベント、文化祭が近づいていた。

 放課後の教室は、段ボールやペンキの缶で溢れかえっている。

 私のクラスの出し物は『手作りお化け屋敷』に決まった。


「恵子〜、ここの壁塗るの手伝ってー!」

「はいはい、今行くよ」


 私は刷毛を片手に立ち上がった。


 夜は怪人と戦い、昼は文化祭の準備。


 最近の私は、目の下にクマを作りながらも、充実している……と言い聞かせていた。少なくとも、一人ぼっちじゃない。彼氏がなんだってんだ、学校には友達もいる……ともだちって何だろな。


「ねえ恵子、ちょっと休憩しない?」


 ギャルの恵美が、ジュースを二本持って近寄ってきた。

 彼女は器用なので、衣装係のリーダーをやっている。


「ありがとう。……ねえ恵美、男子校の方はどうなってるの?」

「あー、マコトたちのとこ? なんか『執事カフェ』やるらしいよ。絶対似合うじゃん、ウケる」


 想像してしまった。


 燕尾服を着た真琴君と絵理於君。

 ……うん、悔しいけど絵になる。夜にフリフリのメイド服やゴスロリを着ている連中とは思えない。


「あ、そうだ。今日、あっち(男子校)の準備が早く終わるから、差し入れ持って手伝いに来るって」

「えっ、部外者入れていいの?」

「平気っしょ。力仕事残ってるし、男子の手は借りたいじゃん?」


 まあ、確かに段ボールの搬入とか大変だしね。


 私は軽く考えていた。


 それが、あんな騒動の引き金になるとは知らずに。


 ***


 時刻は午後七時。 


 あたりはすっかり暗くなり、校舎には準備に残る生徒たちの熱気が篭もっていた。


「お疲れ様。ドーナツ買ってきたよ」


 教室のドアが開き、私服姿の真琴君、絵理於君、そして真由美ちゃんが入ってきた。

 真由美ちゃんは私の隣のクラスだが、当然のように真琴君にくっついている。


「わーい! ありがとー!」


 クラスの女子たちが色めき立つ。他校のイケメンの登場にテンションMAXだ。

 私は脚立に乗って天井に暗幕を貼っていた。

 真琴君がスッと手を伸ばし、私が苦戦していた箇所を軽々と止めてくれた。


「……背が高いと便利だね」

「筋肉も役に立つよ。重いものがあったら言ってくれ」


 真琴君が爽やかに笑う。 


 ……こいつ、昨日の夜プリキュアの格好で「妹の推しが尊い」って泣いてたんだよな。

 その時だった。


 ――ゾクッ。


 背筋に冷たいものが走った。

 これは、怪人の気配? 


『緊急連絡。恵子ちゃん達の学校に反応あり。直ちに対処せよ』


 スマホに通知が来る。


 嘘でしょ、こんな人の多いところで!?


「……みんな、ちょっとトイレ」

「あ、僕も」


 私たちは目配せをし、こっそりと教室を抜け出した。


 *** 


 反応があったのは、旧校舎のゴミ捨て場だった。

 文化祭準備で大量に出た廃材が山積みになっている場所だ。


 そこに、ソレはいた。


「ツクルノ……メンドクサイ……」

「カエリタイ……」


 積み上げられた段ボールやベニヤ板が融合し、巨大な『人型』を形成している。


 怪人『準備疲れの怨念』だ。


 全身に「失敗作」「塗り直し」と書かれたガラクタを纏っている。


「うわ、なんか切実な怪人だね」


 絵理於が苦笑する。


「感傷に浸ってる場合じゃないわ。ここ、学校の敷地内よ。派手に暴れたら……」

「ヒィィィィッ!?」


 突然、背後から情けない悲鳴が聞こえた。

 振り返ると、スーツ姿の全沢さんが、腰を抜かして震えていた。

 今日のシフト担当だ。


「ぜ、全沢さん? どうしたんですか?」

「お、お化け……! あれ、お化けですよね!?」


 全沢さんがガタガタと震えている。

 そういえば、この人……。


「……全沢さん、まさかお化け怖いの?」


 真琴君が体を抱きしめながら震える全沢に聞く。


「だ、ダメなんです! 私、霊感ゼロなんですけど、雰囲気だけで無理で……! あんなツギハギの怪物、生理的に……!」


 全沢さんは顔面蒼白で、胃薬の袋を握りしめたまま動けなくなってしまった。


 霊感ゼロで雰囲気がダメってどういう事?。


「仕方ない、とりあえずやっちゃお!」


 私は『黒帯』に手をかけた。

 制服のスカートの下にジャージを履いているから、多少のアクションは大丈夫。


「待って恵子ちゃん。ここで爆発とかさせたら、校舎が燃えちゃう」 


 恵美が『ブラスト・アーチェリー』を構えつつ躊躇している。


「僕のダーツも、貫通して校舎に穴を開けるかも」

「粘着弾も、掃除が大変そうね……」


 そう。ここは学校。


 破壊活動は即、停学や文化祭中止に繋がる。

 私たちは「現状復帰」が可能な範囲で戦わなければならないのだ!


「グオォォォ! ゼンブ、ゴミダァァ!」


 怪人が腕を振り回し、ベニヤ板の手裏剣を飛ばしてきた。


「危ない!」


 私は前に出て、飛んできたベニヤ板を叩き落とした。


 パァン!


 強化された腕力なら、これくらいは朝飯前だ。


「物理なら、建物への被害を最小限に抑えられる……!」


 私は覚悟を決めた。


「みんなは、私が投げ飛ばしたパーツを静かに回収して! 決して散らかさないで!」

「了解! 分別は任せて!」


 私は地面を蹴った。

 怪人の懐に入り込む。段ボールの匂いがする。


「準備が面倒くさいのは分かるけどね! みんな必死にやってんのよ!」


 私は怪人の足元(古タイヤ)を払い、バランスを崩させた。

 そして、巨大な胴体を背負う。


「文化祭は! 準備期間が一番楽しいのよぉぉぉ!!」


 ドサァァァッ!!


 私は怪人を、可能な限り「優しく」、かつ「強烈に」地面に叩きつけた。

 衝撃を一点に集中させる、高等技術だ。

 怪人の体がバラバラに崩れ落ちる。

 そこへ、待機していた四人が殺到した。 


「燃えるゴミ!」

「こっちは不燃ゴミ!」

「資源ゴミは紐で縛って!」


 真琴君たちの驚異的な連携により、崩れた怪人のパーツは瞬く間に分別され、ゴミ袋に詰め込まれていく。

 核となっていた欲晶石がポロリと落ち、真由美ちゃんがナイスキャッチした。


「……終わった?」


 私たちは肩で息をしながら周囲を見渡した。

 校舎への被害ゼロ。騒音も最小限。

 完璧な隠密ミッションだった。


「ひぃぃ……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」


 全沢さんだけが、まだ物陰でお経を唱えていた。


 ***


 翌日。

 ゴミ捨て場が綺麗に片付いていることが、生徒会の間でちょっとした話題になった。


 「ゴミの妖精さんが来たんじゃないか」なんて噂されている。

 私は筋肉痛の腕をさすりながら、ペンキ塗りの続きをしていた。


「ねえ恵子、顔色悪いよ? 大丈夫?」


 恵美が心配そうに覗き込んでくる。


「……大丈夫。ちょっと、悪い夢を見ただけ」


 私は苦笑いをした。

 カバンの中には、昨日回収した欲晶石が入っている。

 これを放課後、カケルくんに届けに行かなければならない。

 普通の高校生活と、ブラックなバイト生活。

 その境界線は、段ボール一枚のように薄くて脆い。


「さ、頑張ろ。文化祭まであと三日だもんね」


 私は刷毛を握り直した。


 どんなに忙しくても、この日常だけは守り抜いてみせる。

 たとえ、ポンコツ組織やリア充に囲まれているとしても。


(……あ、全沢さんから『昨日は醜態を晒して申し訳ありません。詫びの品を送ります』ってメッセージ来てる)


 添付されていたのは、ドラッグストアの胃薬クーポン券だった。


 いらないよ、そんなの。

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