009 『森の中にある小屋での出来事』
豆から挽いたコーヒーは、いつもより香りが良く、部屋に静かに充満する。
窓から見える外は白銀色に染まり、朝日に照らされた箇所だけが、ひっそりと輝いていた。
森はまだ眠っており、聞こえるのは、薪がはぜる僅かな音だけ。
カップを手に取り、湯気の立つ液面を一度だけ確かめる。
こんなに静かで穏やかな時間を過ごしたのはいつ以来だろうか。
目を閉じると、いくつもの情景が脳裏をよぎる。
恐怖に怯えた人間。
怒り任せに振り下ろされる大剣。
そこら中に転がっていた肉塊。
それもこれも、全て昔の話。
過去に何があろうと、今、この瞬間。
あまりにも静かで、穏やかな日々を過ごせているのなら、どうということもない。
そう思える程度には、時間は流れていた。
――バンッ。
そんな穏やかな日に限って、ある少年は扉を壊すのではないかと思うほど大きな音を立てて開ける。
「リオネル!!!!」
反射的に肩をすくめながらも、リオネルは深く息を吐いた。
驚きよりも、諦めの方が先に来るあたり、慣れというのは恐ろしい。
「なんだい、ベン君。君はそろそろ、扉を静かに開ける……、いや、まずはノックをするということを学ぶべきだと思うのだけど? そして、扉を壊すという馬鹿力もどうにかするべきだと思うよね。まあ、君の小さな脳みそじゃそんなことを学べるほどの容量はないんだろうけど」
「何言ってるか分からないけど、今日もうるせぇな」
「はぁ。これだから君は……。それより早く扉、締めてくれないかな。寒さでせっかくのコーヒーも冷めるんだけど」
「あー、はいはい」
バタン、と今度は幾分ましな音がして扉が閉まる。
それだけで、外の冷気が遮られ、部屋は元の静けさを取り戻した。
「それで? こんな朝早くに来て、何しにきたの?」
「雪積もったから遊びに誘いに来てやった」
「来てやったって君ねぇ。俺は君と違って、こんな寒い日に外なんかに出たら風邪を……。って、ああ。君は風邪を引いたことがなさそうだね」
「はぁ? 俺だって、風邪くらい引いたことあるし。リオネルが外出なさすぎるから風邪ひくんだろ。またそんな、クソ苦ぇ飲み物飲んで」
ベンジャミンの視線が、カップの中身に向けられる。
その顔には、遠慮という言葉が存在しない。
「そんなことより。ほら! リオネル!!」
差し出された真っ赤な手と、その向こうで無邪気に輝く瞳。
断る理由はいくつも浮かぶが、結局、小さく溜息を吐く。
「ああ、もう。せめて上着を……、って君。なんでそんな薄着なの?」
棚から上着を取り、半ば強引にベンジャミンへと羽織らせる。
小さな体は思ったよりも冷えていて、いつも暑苦しいほどの体温はそこにはない。
「へへ、ありがとう。リオネル」
八重歯を見せて笑うベンジャミンの顔を見て、言葉を詰まらせる。
「……俺は君に風邪を引かれたら、親御さんに顔向けできないから貸してあげるだけだからね」
冷めた体温を上げるように、マフラーを巻き、ニット帽を被せる。
すると「あちぃ」と文句を言い出し、外に出るまでに小一時間かかったのは言うまでもない。
言葉にしなかった日の話 廻野佑 @kaino_task
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