うちのクラスだけ寒中水泳!? 女子のスク水姿を拝む余裕もない氷点下の地獄で、委員長と奇妙な絆が芽生えた話

祥花

氷点下のスクール水着、共鳴する震え

午前6時30分。太陽はまだ地平線の下で、世界は薄墨色の闇と静寂に包まれている。

吐く息が真っ白に凍るこの極寒の朝に、俺たち2年B組の生徒は、なぜかプールサイドに立たされていた。


「マジで狂ってる……」


隣でタカシが歯をガチガチと鳴らしながら呟く。俺も同意の言葉を返そうとしたが、顎が震えてうまく喋れない。

俺たちの格好は、ペラペラのナイロン生地でできた指定のスクール水着一枚。この時期、本来ならタンスの奥底に眠っているはずの代物だ。


この学校の2年生は本来、修学旅行気分が抜けてダラけがちな時期だ。

だが、担任の鬼瓦(おにがわら)先生は違った。

「あと数ヶ月で貴様らは3年生、つまり『受験生』になるんだぞ! そのたるんだ性根を、今のうちに極寒の水で叩き直す!」

そんな、ありがた迷惑極まりない『0学期精神注入』の名目で俺たちのクラスだけがこの『寒中水泳』を義務付けられたのだ。


ふと横を見ると、女子の列も悲惨なことになっていた。

普段はスカートの下に黒タイツを履いて完全防備している彼女たちが、今は紺色のワンピース型水着一枚で寒風に晒されている。

両腕で自分の体をきつく抱きしめ、背中を丸め、小動物のように震えている。肌の露出が多い分、寒さで赤くなった太ももや二の腕が痛々しい。


「おい、整列が遅いぞ! 水着になったら気合を入れろ!」


ダウンジャケットを着込んだ鬼瓦先生の罵声が飛ぶ。その暖かそうな格好が、殺意を覚えるほど憎らしい。


「いいか、水の中の方が気温より暖かい。迷うな。迷うから寒いんだ。今日は男女交互に飛び込みから行くぞ!」


先生の笛が鋭く鳴り響いた。

『ピッ!』


「う、うそでしょ……」

女子の列から悲鳴のような囁きが漏れる。だが、鬼瓦に慈悲はない。

先頭の男子がヤケクソ気味に飛び込み、続いて女子も意を決して飛び込んでいく。


ドボン! バシャン!


水しぶきが上がるたびに、見ているこっちまで凍りつきそうだ。

俺の番が来た。目の前の水面は黒く、重く、鉛のようだ。


「うおぉらぁあ!」


叫ばなければ体が動かない。俺は空中に身を投げ出した。

着水の瞬間、冷たいを通り越して、全身を鈍器で殴られたような衝撃が走る。無数の針で皮膚を刺されるような激痛。

水面から顔を出すと、すぐ隣のレーンに飛び込んだ女子――クラス委員の佐伯さんが顔を上げたところだった。


「っ、ぐ、ぁ……!」

「いき、できない……っ」


お互いに言葉にならない呻き声を上げる。佐伯さんの唇はすでに紫色だ。

普段は凛としている彼女が、濡れた髪を顔に張り付かせ、必死の形相で水をかいている。

いやらしい目で見る余裕なんて1ミリもない。俺たちはただ「生存」するために、死に物狂いで手足を動かし、25メートル先の壁を目指した。


ようやく壁にタッチしてプールから這い上がる。

だが、本当の地獄はここからだった。


「よし、総員撤収! 走って戻れ! 風邪ひくぞ!」


無責任な号令と共に、俺たちは更衣室へ向かって駆け出した。

濡れた体に吹き付ける冬の空っ風。気化熱が容赦なく体温を奪い去っていく。


「きゃぁ……痛い、風が痛い!」

「無理無理、凍るっ!」


女子たちの悲鳴が上がる。

男子も女子も入り乱れての敗走だ。更衣室までの約30メートルが、果てしなく遠い。


ペタペタ、ペタペタ。


濡れた足裏が冷え切ったコンクリートを叩く音が、集団で響く。

隣を走るのは、さっき一緒に泳いだ佐伯さんだ。

彼女はガタガタと震えながら、猫背になって必死に走っている。濡れた紺色の水着が背中に張り付き、肩甲骨の形が浮き出ている。白い肌には鳥肌がびっしりと立っていた。


一瞬、走るリズムが重なり、目が合った。

いつもなら男子を冷ややかに見る彼女の瞳に、今は涙が浮かんでいる。


「さ、寒い……っ!」

「……おう、死ぬ気で走れ……!」


俺はそれしか言えなかった。

男としての見栄も、下心も、この氷点下の風がすべて吹き飛ばしていく。

今はただ、この理不尽な苦痛を共有する「戦友」としての連帯感だけがあった。


女子更衣室の前で、集団は二つに分かれる。


「お疲れ……っ」

「……お疲れ様……」


女子たちが震える声でボソボソと言い残し、逃げ込むように更衣室へ消えていく。

その濡れた背中を見送りながら、俺も男子更衣室の重い引き戸に手をかけた。


中に入ると、ムッとするような熱気と、男たちの「うあぁぁ生き返るぅぅ」という野太い安堵の声が充満していた。

タオルで乱暴に頭を拭きながら、俺はふと、さっきの佐伯さんの必死な横顔を思い出した。


あんなに無防備で、必死な姿を見たのは初めてだった。

明日もまた、この地獄の寒中水泳は続く。

絶望しかないはずなのに、ほんの少しだけ、明日の朝が待ち遠しいような、不思議な気持ちが俺の中に芽生えていた。

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