第4話 魔剣・神滅のヴェルデリーガ

「怯むな! ありったけの攻撃魔法を撃ち込め!」


 エルフ達の一斉魔法射撃がネブルに降り注ぐ。

 しかし、ネブルの歩みは止まらない。


「知っているか劣等種ども。防御こそ最大の攻撃だということを」

 次の瞬間、地面を蹴ったネブルが凄まじい加速とともにエルフの集団に突っ込むと、鎧に触れたエルフ達の肉体が千切れて飛んでいく。

「くははははは! 何物をも通さぬ我が鉄壁の防御こそ最強の攻撃! かつては魔法の一族と呼ばれたエルフもなす術がなかろう! 貴様ら弱者は、我が不退の鎧装を前に無様に潰れて死ぬことしかできないのだよ!」

 

 あらゆる攻撃を跳ね除けつつ、エルフ達を薙ぎ倒し、踏み潰し、引き千切る残虐の嵐。

 惨たらしく殺されていく仲間を目の当たりにして、悲痛に顔を歪めたティルフィアがついに声を上げた。


「もうやめてください! お渡しします! お望み通り遺物をお渡ししますので!」


 ネブルの動きが止まる。鮮血まみれの鎧がティルフィアの方へ振り返ると、ティルフィアは怯えつつも巨大樹を指差した。


「その巨大樹の根元に神殿があります……その中に、遺物は祀られております」

「なるほど神殿はそこにあったのか。どうりで見つからんわけだ。おい貴様達、あの木を吹き飛ばせ」


 ネブルの指示によって騎士団が爆裂系の攻撃魔法を放つ。

 爆発に巻き込まれた大木の幹が根元付近で折れ、地震のような揺れとともに地に倒れた。そうして巨大樹の根元だった場所に現れたのは、爆発のせいですでに半壊した神殿の姿だった。

 巨大樹が倒れたことにより、半壊してあらわになった神殿の祭壇に日光が差し込んでいる。

 そこに見えるのは……剣だった。


「おお、アレが遺物か」


 声に喜色を滲ませながら、鎧姿のネブルが歩いていく。

 それを止める者は……誰もいない。

 当然だ、いまこの場に勇継貴族であるネブルを止められる奴なんていない。

 そしてそれは俺も同じだ。確かに俺は不老不死だが、でもただそれだけだ。戦うための力を持っていない俺が奴の前に出たとして、ただひたすら殺され続けるだけの結果にしかならない。それに、どこかに縛りつけられでもしたらそれでお終いだ。

 永いこと守ってきた遺物とやらを強引に奪われるのは可哀想じゃあるが、とはいえ命が一番大事だろう。ここはティルフィアやほかのエルフ達にもぐっと堪えてもらって……。

 と、そんなことを考えているとティルフィアが言った。


「お気をつけくださいネブル様。あの剣は神代から伝わる伝説の魔剣『神滅のヴェルデリーガ』です。ヴェルデリーガは所有者の寿命を喰らって力を放つのです。長命種である私達エルフですら瞬く間に命を喰い尽くされた者は数知れず。むやみに触れば無事では済みません」

「しつこい。私に口出しをするな。それに触れずとも持ち帰る方法などいくらでもある」


 ……ん?

 いまなんて?

 寿命を喰らう魔剣?

 俺は思う。

 それってもしかして……ワンチャン俺の寿命を喰らい尽くせちゃったりする?

 数百年の時を経てついに見つけた希望を前に、俺は反射的に駆け出していた。


「イ、イクト様っ!?」

 驚きの声を上げるティルフィア。

 

 元々俺の方が距離が近く、またネブルもこちらの存在に気がついていなかったおかげで、俺はネブルよりも先に祭壇にたどり着くことができた。

 急に眼前に飛び出してきた俺にネブルが殺気を突き刺してくる。


「……人間? 何者だ貴様」

 しかし俺は怯まない。

「悪いな勇継貴族様。ちょっとこいつを俺に貸してくれよ」

「いけませんイクト様!」ティルフィアが必死に叫んだ。「それは本当に危険なのです! イクト様では、触れた瞬間にすべての寿命を喰らい尽くされてしまいます!」

「だそうだが?」

 ニヤついた声のネブルに、しかし俺も不敵に笑み返す。

「むしろ望むところだよ。もし俺が本当に死ねたなら、そんときはアンタが堂々と持って帰りな!」


 躊躇なく、俺は祀られていた魔剣を手に取った。

 そして鞘から剣を抜き放つ。

 瞬間、身体の中に得体の知れないなにかが潜り込んでくる感覚があった。

 そいつが体内を喰い荒らすように蠢き──同時に魔剣・神滅のヴェルデリーガの剣身から膨大な闇色の魔力が噴き出した。


 ティルフィアは呆然とした顔で俺を見つめている。

「まさか……ヴェルデリーガを抜いて無事だなんて……」

 次いでネブルが笑った。

「なんだ、剣を握っても生きているではないか。やはり虚言だったか」


 いや、ティルフィアの言葉は間違っていない。

 この魔剣は、いまも俺の内側から無限に命を貪っている。

 そしてそれが……俺にはひどく心地いい。

 こいつなら俺を永遠から解放してくれるかもしれない。そう思うと自然に笑みがこぼれた。


「なにを笑っている小僧。魔剣の魔力に当てられて気でも触れたか」

「いいや。ここ何百年かで一番正気だよ」

「ふん、どうやら本気で頭をやられたみたいだな。やはりその神代遺物は私のような選ばれし人間にこそ相応しい! さあ渡してもらおうか!!」


 地面を蹴ったネブルが超加速で迫る。

 だが見えている。

 魔剣から流れ込み暴れるなにかのおかげで、身体の内側から自分でも理解できないほどの力が漲ってくる。

 俺は確信した。

 こいつは、きっと戦えば戦うほど俺の命を喰ってくれる!


「悪いが死ぬまで返しちゃやれないねえ!」


 眼前に迫ったネブルに向かって魔剣を振り抜く。

 剣身の軌跡を紡ぐようにして濃紺の魔力が迸る。

 次の瞬間──ネブルの右腕が純白の鎧装ごと宙を舞った。


「うぐぅわあああっ!?」

 赤黒い飛沫を噴く傷口を押さえながら、ネブルががくりと膝をつく。

「ど、どういうことだあああっ!? 何物をも通さない絶対の防御が何故っ!!」

 愕然とするネブルに向かって俺は冷静に剣先を突きつける。

「そんなの、単にアンタの権能よりもこの魔剣の方が強いってことだろ」

「おのれええええっ!!」

 再び襲いかかるネブル。

 しかしまた次の瞬間、今度は左腕が舞った。

「ぐわあああううっ!!」


 両腕を失い、ネブルは芋虫のように地面を這いつくばう。

 ティルフィアを始めとしたエルフ達は皆が信じられないとでも言いたげな顔で俺を見つめ、またネブルが引き連れてきた騎士達は主君が手も足も出ない状況に恐れ慄いて動けない。


「勝負ありだろ。もう退けよ」

「おのれおのれおのれおのれ……! 私は勇者の血を引く者なのだ……選ばれし人間なのだ……たかが魔剣ごときに、この血が負けてなるものかあああ!!」


 ネブルの絶叫と同時に、彼を包んでいた権能の鎧が変貌していく。

 それは次第に人の姿から乖離していき……やがて俺の眼前に聳え立ったのは、屈強な体躯に異様な長さの手足を生やした悪魔のごとき鎧の化物だった。


「ウグルウォアアアア!!」

 

 権能所有者が権能の制御を喪失し、暴走した果てに起きる不可逆的人体人格変異。

 

「あーあ、『権能反転インバート』しちまったか」

 こうなってはもう、取り返しはつかない。

「だったらもう、やりきるしかないな!」


 魔剣を握る手にグッと力を込める。

 身体の内側でなにかが暴れ、力と魔力が噴出する。


「ウグオオオオオオオオオ!!」

「はあああああああああっ!!」


 覆い被さるようにして襲いかかってきたネブル変異体に向かって、俺は左下から魔剣を斬り上げる。

 迸る闇色の魔力が剣の軌道を描き、波動となって空を駆ける。それはあらゆる存在を断ち斬る一閃と化し、敵の巨体を鎧ごと斜めに分断した。


 地に落ちるネブルだったものの成れの果て。

 それはもう、二度と動かなかった。


 恐れのあまり退却していく騎士団を横目に見送り、姿が見えなくなった頃、俺は息をついた。


「ふうっ。ってか結局生きてんな俺……でもこれ、マジでいつか寿命を喰い尽くしてくれそうな気がする」


 俺は鞘に納めた魔剣を眺める。

 ここ数百年で最も心地よい疲労が全身に染みている。これを振るい続ければいつかは死ねる……そんな確信が湧き起こり、俺はまた気づけば笑みをたたえていた。


 そんな俺を見つめるエルフ達。

 ティルフィアも、そして意識を取り戻したセウールも尊敬と畏怖に満ちた眼差しで俺を見ている。


「イクト様……まさかあの魔剣を使いこなせる人が現れるだなんて」

 呟くティルフィアの隣で、セウールは頷いた。

「ああ。あの者こそ、この時代に現れた英雄やもしれん。しかし命を喰らう魔剣を振るうときのあの嬉々とした表情……」


 しばし間を置いてセウールは言った。


「彼はまさに──狂気の英雄じゃ」

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不老不死者の魔剣使い 〜所有者の寿命を喰らう伝説の魔剣を手に入れたので嬉々として振るいまくっていたらいつの間にか狂気の英雄と呼ばれ始めた〜 夜方宵@MF文庫J/講ラ文庫で書籍発売中 @yakatayoi

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