「Fランクの君が心配なの」と毎日世話を焼いてくるギルドの受付嬢、実は俺の“魔力ゼロ”体質がないと発情……暴走してしまうらしい~元Sランク殲滅姫は、俺に抱きつかないと正気を保てない~

いぬがみとうま

第1話 「Fランクの君が心配なの」


「……よし、これで納品完了っと」


 冒険者ギルドのカウンターに、土のついた薬草の束を置く。

 俺の名前はミト。この異世界に転生して一年、魔法の才能が一切ない「魔力ゼロ」のレッテルを貼られた、万年Fランクの採取者だ。


 周囲を見渡せば、ドラゴンを狩っただの、魔王軍の幹部を退治しただのと息巻く、血生臭い強者ばかり。そんな中で、俺みたいな地味な男は浮きまくっている。


「あ、ミトくん! おかえりなさい!」


 その瞬間、ギルド内の空気が一変した。

 カウンターの奥から、まばゆいばかりの笑顔を振りまいて駆け寄ってきたのは、エリスさん。


 このギルドの受付嬢チーフであり、その慈愛に満ちた美貌から「ギルドの女神」と崇められる全冒険者のマドンナだ。

 おっとりとした垂れ目に、たわわに実った豊かな胸元。揺れる金の髪からは、いつも甘い花の香りがする。


「ミトくん、怪我はない? 顔に少し泥がついてるわよ」


 エリスさんは身を乗り出して、俺の頬をハンカチで拭った。距離が近い。近すぎる。


 周囲のAランク冒険者たちから「ギギギ……」と歯ぎしりする音が聞こえてくる。殺気だ。俺への殺気が、圧力となって背中に突き刺さる。


「あ、あの、エリスさん。みんな見てますし、恥ずかしいですよ」

「あら、いいじゃない。危なっかしい弟の世話を焼くのは、お姉さんの特権なんだから」


 エリスさんはふふっと微笑み、俺の腕を強引に引いた。


「服も少しほつれてるわね。カウンターの奥で直してあげるから、ちょっとこっちに来て」


「ええっ、仕事中じゃ……」


「いいの。ミトくんがいないと、私、仕事にならないんだから」


 彼女はそう言って、意味深にウインクをしてみせた。

 俺は苦笑いしながら、女神様に引きずられるようにしてギルドの裏へと消えた。


 背後で、「あの野郎、また女神様を独占しやがって……!」という恨み節が響いたけれど、事なかれ主義の俺は、聞こえないふりをすることにした。



   ◇



 それから数日後。ギルドは繁忙期を迎え、俺はエリスさんに頼まれて資料室の整理を手伝うことになった。


 埃っぽい部屋。薄暗い魔法灯の光。

 棚の整理をしていると、隣で作業していたエリスさんの様子がおかしいことに気づいた。


「……はぁ、はぁ……っ」


 荒い呼吸。

 いつもはおっとりしている彼女の顔が、今は朱に染まっている。

 瞳は潤み、視線はどこか宙を彷徨っているようだった。


「エリスさん? 大丈夫ですか? 風邪なら休んだ方が……」

「……ミト、くん……ごめん、なさい……。ちょっと、身体が熱くて……」


 エリスさんの膝が折れ、俺の方に倒れてきた。

 慌ててその身体を支える。

 その瞬間、彼女の細い腕が、俺の腰を力強く締め上げた。


「……あ……っ、これ……。これなの……っ」


 彼女は俺の胸に顔を埋め、首筋に鼻を押し当てて、深く息を吸い込む。

 熱い吐息が肌に触れて、心臓が跳ね上がった。


「え、エリスさん!? あの、さすがにこれはマズいですよ!」


「お願い……だめ? あと五分だけでいいの……。ミトくんに、触れさせて……?」


 普段の淑やかな彼女からは想像もできない、蕩けたような「雌」の声。

 俺のシャツを握りしめる指先が、小刻みに震えている。


 潤んだ瞳で見上げられ、懇願するように「……だめ?」と囁かれたら、断れる男なんてこの世にいない。


 それにしても、エリスさんの体温が異常に高い。

 まるで熱病に浮かされているようだ。

 魔力を持たない俺は、常に体温が低めだから、彼女にとっては冷たくて気持ちいいのかもしれない。


 そう。これは一種の冷却パックのようなものだ。

 俺は自分にそう言い聞かせ、心臓の鼓動を悟られないよう、じっと彼女を支え続けた。


 ――けれど、俺は知らなかった。

 俺に触れている間だけ、エリスさんの体内に渦巻く狂気のような魔力が、俺という「無」の深淵に吸い込まれ、鎮まっていくことを。


 俺が無自覚に行使している隠しスキル『完全無効化――ヴォイド』。

 それが、彼女を理性に繋ぎ止める唯一の手綱であることに、俺はまだ気づいていなかった。



   ◇



 資料室での「密会」から数時間後。

 俺がギルドのロビーに戻ると、そこには不穏な空気が満ちていた。


 中心にいたのは、黄金の鎧に身を包んだ男。

 この街で最強と謳われるSランク冒険者、ガルドだ。


「おい、エリス。俺は遠征から戻ったばかりなんだ。今夜くらい、ゆっくり食事でもどうだ?」


 ガルドはカウンターを叩き、傲慢な笑みを浮かべていた。

 だが、対応しているエリスさんの表情は、氷のように冷たい。


「ガルドさん、何度も申し上げています。私は仕事中ですので」

「ふん、相変わらずつれないな。だが、そんなところも……」


 ガルドの言葉が止まった。

 彼の視線が、ロビーの隅にいる俺を捉えたからだ。

 エリスさんの顔が、一瞬でパッと明るくなる。


「あ、ミトくん! さっきはありがとう。あのお礼に、今日のお夕飯、作りすぎちゃったから家に来ない?」


「えっ、あ、はい。お邪魔してもいいなら……」


 俺がそう答えた瞬間、ギルド内の温度がマイナスまで下がった気がした。

 ガルドがゆっくりと、俺の方へ歩み寄ってくる。


「……おい、Fランクの雑魚。今、なんて言った?」


「え、あ、いや、夕飯を……」


「エリスは、お前みたいなゴミが並んでいい女じゃないんだよ。身の程を知れ。その汚い面を二度と彼女に見せるな」


 ガルドの威圧感。Sランクの魔力圧が、空気をビリビリと震わせる。

 俺は事なかれ主義だ。ここで反論しても損をするだけ。


「そう、ですよね。すみません、俺みたいなのが調子に乗りました。失礼します」


 俺は頭を下げて、その場を立ち去ろうとした。

 それが、最強の男には「余裕の無視」に見えたらしい。


「逃げるんじゃねぇ! この、ゴミ虫がぁっ!」


 ガルドが激昂し、その拳を振り上げた。

 魔法で強化されたSランクの拳だ。直撃すれば、俺の頭なんてスイカみたいに弾け飛ぶだろう。


 死ぬ。

 そう思った瞬間――。


「――私の“ミトくん”に、傷一つでもつけてごらんなさい」


 世界が、止まった。

 心臓を素手で掴まれたような、圧倒的な「死」の気配。

 ガルドの拳は、俺の鼻先数センチのところで止まっていた。

 正確には、誰かの手によって止められていた。


「……え……?」


 ガルドが呆然と声を漏らす。

 彼の太い腕を、華奢な白い手が、万力のような力で掴んでいた。

 エリスさんだった。


 カウンターを飛び越えた彼女の周囲では、紅い雷のような魔力がバチバチと弾けている。


 おっとりとした女神の面影はどこにもない。

 そこにいたのは、かつて一晩で一国を更地にしたという伝説の狂戦士――「殲滅姫」そのものだった。


「エ、エリス……お前、その魔力は……っ」


「……この街ごと、消し飛ばしてあげましょうか? ミトくんを怖がらせた罪は、それくらい重いのよ」


 エリスさんの瞳が、不気味な紅い光を宿して歪む。

 彼女の背後に、巨大な死神の幻影が見えた気がした。


 ガルドは腰を抜かし、無様に床を這い回る。

 ギルド中の冒険者たちが、呼吸を忘れて震えていた。


「あ……あ、あぁっ……!」


 だが、次の瞬間。

 エリスさんの身体が大きく揺れた。


 溢れ出した膨大な魔力が制御を失い、彼女自身を焼き尽くそうとしている。

 建物のガラスがパリンパリンと割れ、床に亀裂が走る。


 彼女の呪い――魔力暴走が始まろうとしていた。


「ダメ……抑えきれない……! ミトくん、逃げて……早くっ!」


 苦しげに胸を押さえ、うずくまるエリスさん。

 誰もが出口へと殺到した。

 Sランクの魔力の嵐に、誰も近づけるはずがない。


 ――ただ一人、魔力を感じ取れない鈍感な男を除いて。


「エリスさん」


 俺は、ごく自然に彼女のもとへ歩み寄った。

 肌を刺すような魔力も、俺にとっては「ちょっと静電気が強いかな?」程度のものだ。


 俺は、いつもエリスさんが俺にしてくれるように、彼女を優しく抱きしめた。

 そして、その背中をポンポンと叩く。


「大丈夫ですよ。俺がついてますから」


 その瞬間だった。

 荒れ狂っていた紅い魔力が、まるでブラックホールに吸い込まれるようにして、俺の身体へと消えていった。


 『ヴォイド』。


 一切のエネルギーを虚無へと帰す、俺だけの絶対権能。


「……あ、……んんっ……♥」


 エリスさんの身体から力が抜け、俺の胸の中に沈む。

 彼女は俺のシャツを掴み、荒い息をつきながら、とろんとした目で俺を見つめた。


「ミトくん……もっと……もっと、吸って……。あなたの空っぽなところに、私の全部……流し込ませて……っ」


 静まり返ったギルドの中で、エリスさんの艶っぽい声だけが響き渡る。

 床に転がったガルドが、信じられないものを見るような目で俺たちを見ていた。


 最強の女神が、最弱のFランクに縋り付き、彼なしでは正気すら保てない。

 そのあまりに強固な「依存関係」の真実を、誰もが理解した瞬間だった。



   ◇



 騒動の後。ギルドの奥にある個室。

 エリスさんは完全に毒気が抜け、俺の膝の上で猫のように丸まっていた。

 いわゆる、膝枕というやつだ。


「ごめんね、ミトくん。驚かせちゃって」


 エリスさんは、俺の手を自分の頬に寄せ、幸せそうに目を細める。


「私ね、生まれつき魔力が多すぎて、定期的に放出と、身体も心も壊れちゃうの。でも、普通の人は私の魔力に触れただけで死んじゃう」


「……だから、魔力ゼロの俺だったんですね」

「そう。ミトくんだけが、私を“空っぽ”にしてくれる、唯一の救いなの」


 彼女は俺の手を、自らの豊かな胸元へと導いた。

 ドクドクと、高鳴る鼓動が伝わってくる。


「だからね、ミトくん。これからもずっと、私の側にいて? 仕事もしなくていいし、ご飯も生活も、私が全部一生保証するから。ね?」


 それは、求婚というよりも、もはやヒモ男への所有宣言に近かった。

 事なかれ主義の俺としては、平穏な生活が一番なのだが。


 こうして俺の腕の中で、愛おしそうに微笑む彼女を放っておけるほど、俺は冷たい人間じゃない。


「……まあ、受付のお手伝いくらいならします。エリスさんも大変そうですし」


「ふふ、契約成立ね。……覚悟してね? もう二度と、逃がしてあげないんだから」


 エリスさんは花が咲いたような満面の笑みで、俺の首筋に深く、優しく噛みついた。

 それは、獲物を逃さないための「しるし」のように。


 表向きは「女神と、彼女に守られる幸運なヒモ男」。

 だがその実態は、「暴走する猛獣と、唯一の手綱を握る飼い主」。


 俺の異世界生活は、どうやら思っていたよりも、ずっと「重たい」ものになりそうだ。


 まあ、この柔らかい感触と、甘い香りが報酬なら……悪くないか。


 俺は諦めたように溜息をつき、膝の上で甘える女神様の頭を、優しく撫で続けた。


(完)




――

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