第7話 天城乃々のバックハグ
「で、ここにこの式を当てはめてあとは計算するだけです」
「おお~すっごくわかりやすい」
放課後、俺は天城に数学を教えてもらっていた。
昔から文系科目は得意だったのだが、どうしても理系科目は苦手でそこだけいい点を取れていなかった。
理系科目を除けば俺の学年順位はトップ10位に入っているだろう。
だが、理系科目を落としすぎて30位台後半まで順位を落としている。
「ふふ、宮野くんは理解が早いですね。私はそういう地頭のいい人好きですよ」
「お褒めにあずかり光栄ですよ。でも、天城って一回見たことをほとんど完璧に覚えてるんじゃないか?」
「まあ、私はそれができますけど。できない人のほうが多いと思いますよ? なのであんまり私を比較対象に出さないほうがいいです」
これが本物の天才。
俺は何度か頭にインプットしてから複数回アウトプットして記憶に定着させている。
だが、目の前の天才はそんな工程をすっ飛ばして記憶してしまうのだ。
天才というのは本当に羨ましい。
「羨ましい話だな」
「まあまあ。それよりもそこの計算少し間違っていますよ?」
「……片手間で指摘するなよ。なんか自信なくすだろ」
天城はニコニコしながら問題に指さして指摘してくる。
しっかりと問題を見てもいないのに天城が指摘してきた箇所は確かに間違っていた。
「気が付いてしまったので。いったん休憩にしますか? もう二時間続けて勉強していますよ?」
「そんなに経ってたのか。そうだな。休憩にしよう。コーヒーを入れるが天城も飲むか?」
「ぜひ!」
立ち上がってキッチンに向かいやかんに火をかける。
暇な時間何をしようかと考えていたら天城が話題を振ってくる。
「どうして宮野くんは一人暮らしをしているのですか?」
「どうしてって言われてもな。実家が玲瓏学園から遠くてここで一人暮らしすることにしたんだよ。母親にあんまし負担をかけたくなかったんだけどな」
母さんは玲瓏学園の合格が決まるとすぐにこの家を用意してくれた。
片親で決して裕福でもないのにかなり上等な家を用意してもらって本当に感謝してる。
だから、将来母さんに楽させてあげるためにもいい大学に入っていい企業に就職したい。
俺が勉強を頑張っているのなんてそんな理由だ。
「なるほど。宮野くんは優しいのですね」
「そんなんじゃない。それに俺は真っ当な人間とは程遠いからな」
三年前は普通にヤンキーをしていたくらいだ。
まともな人間であるとは言いにくいだろう。
その件でも母さんにたくさん迷惑をかけた。
「そんなことないと思いますが。私が言う事でもないですね。もっと楽しい話をしましょうか」
「楽しい話ってなんだよ」
「例えば趣味の話とかはいかがですか? 私たちってお互いのことをあんまり知らないと思うんですよ。だから親睦を深める意味も込めてどうでしょうか?」
俺の場合はなんだか一方的に知られているような気がするけど。
まあ、いいか。
休憩中に無言で過ごすっていうのもあれだしな。
「いいな。じゃあ、天城の趣味から教えてくれよ」
「いいですよ。私の趣味は……そうですね。読書でしょうか。ミステリとか推理小説とか、基本的にはなんでも読みますね」
「マジの文学美少女じゃないか」
黒髪に紫色の瞳。
そんな彼女が本を読んでいる絵面なんて、まさに物語のワンシーンの様じゃないか。
「いえ、そんなでもないですよ。ただの暇つぶしなので」
「俺は本とかあんまり読まないからな。趣味で本が読めるのはすごいことだと思うぞ」
「そういう宮野くんの趣味は何なんですか?」
「俺の趣味は……なんもないかもしれない。最近はずっと勉強しかしてこなかったし。時間があれば勉強してるか飯食ってるか寝てるかだったから」
考えてみれば最近の俺は自分のために時間を使うようなことがなかったかもしれない。
ずっと勉強をしてたし、それを苦痛とも思っていなかった。
もしかして、俺ってほかの高校生から見たら異常なのでは……?
「もはや趣味が勉強みたいになっているじゃありませんか。そんな人生で楽しいのですか?」
「う~ん、楽しいか楽しくないかと聞かれたら楽しくはないよな。まあ、他にやる事もなかったしな」
「恋愛とかに興味はないんですか? 普通の高校生なら皆さんそういうものに興味があるとおもんですが?」
言われてみれば雄介も恋愛がしたいとずっと言っていたし。
できたところは見たことがないけど。
「あんまし思わないかも。今はとりあえず大学に入るため勉強しないといけないし、大学に入ったら企業に入るために勉強しないといけない。当分はそういうことをしてる暇はないかもな」
「……なんだかストイックすぎませんか?」
「そんなことない。それよりもコーヒーできたぞ」
「ありがとうございます。いただきますね」
話しているうちにインスタントのコーヒーを淹れた俺は彼女にマグカップを彼女に差し出す。
前に連れて行ってもらったカフェのコーヒーよりも味は劣る物の別にまずくはない。
むしろ、俺の舌にはこれくらいのコーヒーで十分だと思う。
「天城は恋愛したいとか思わないのか?」
「したいからあなたに求婚をしているのですが?」
「……そういえばそうだったな」
完全に失言だった。
最近あんまり頭を使ってないかもしれない。
流石に言っちゃまずい事だったな。
「じゃあ、宮野くんは私と結婚してくださいますか?」
「すまん。無理だ」
素直に謝る。
現時点で天城と付き合う未来が見えない。
どうしてなんだろうか。
理由は自分でもよくわからない。
「なんでですかぁ~」
天城は可愛く抗議をしてくるがそれをスルーしてコーヒーを啜る。
こんなに清楚な子が可愛く抗議をしてくるというギャップがすごいな。
「なんでも」
「じゃあ、勝手に抱き着きますね」
「何言ってんの!?」
天城は突然立ち上がったかと思うといきなり俺に抱き着いてくる。
正面からではなく後ろから首に腕を回して抱きしめてくる。
そんな大勢だと、もちろん彼女の女性らしい部分が背中にむにゅっと押しつぶされることになるわけで。
「ドキドキしますか?」
「……そんなことないぞ」
「何ですか今の間は。絶対にドキドキしてるでしょ」
お察しの通りドキドキしまくっている。
今まで女性にこんな風に迫られた経験がないのにいきなりこんなことをされたらドキドキしないわけがない。
さっきから心臓が高鳴りっぱなしだ。
「そういうお前はどうなんだよ」
「ドキドキしてるに決まってるじゃないですか。殿方にこんなことをするのは初めてなんですから。それも、好きな人に」
「なんでいきなりこんなことをしたんだよ」
「こうすれば、私のことを多少は意識してくれるかなと思いまして」
天城の声は少し震えている。
恥ずかしさのあまり首に回されている腕もプルプル震えていた。
なんだか、申し訳なくなってくる。
「わかった。降参だから離してくれ」
「……はぃ」
か細く消え入りそうな声で返事をした天城は素早く話してくれた。
顔を見てみれば耳まで真っ赤に染まっていて彼女も相当に恥ずかしかったことがうかがえる。
「そこまで恥ずかしいならしなけりゃいいのに」
「だって、意識してほしいんだもん」
初めて口調が崩れたな。
なんだか、こういう年相応な反応のほうが俺は好感が持てるかもしれない。
にしても、この空気をどうすればいいんだ。
俺たちは二人とも恥ずかしくて目をそらしていた。
勉強をできる雰囲気でもなくこの日は解散になるのだった。
天才ヤンデレお嬢様の好感度がなぜかカンストしてる件 夜空 叶ト @yozorakanato
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