とある魔王の物語

ゆるっとさん

魔王、誕生

 世界には、六人の魔王がいる。


 本来、魔王は魔を統べる王を指す言葉だった。何者にも負けぬ卓越した魔法の才を持ち、その力は大地を揺るがす。

 草木は暴風で切り刻まれ、天から降り注ぐ落雷は堅牢な城さえも一撃で打ち砕く。


 畏怖を覚えた民衆たちは、いつしか彼らを『魔王』と呼ぶようになった。

 だが、永い年月を経て『魔族の王』こそが魔王だと誤った認識へと塗り替えられた。


 そして現在、魔族の王がいなくなった世界では各国に一人ずつ配置された魔王たちによって世界の均衡は保たれている。

 しかし、裏を返せば魔王たちがいなければ均衡が保てないほどに世界は軋んでいた。


 そんな中、長らく世界を見守って来た《シュレイド王国》の魔王が死んだ。

 彼の後継に抜擢されたのは、若くしてSランク冒険者として活躍する魔法師の男だった。

 実力はあるが、まだ二十代後半の青年。

 これは、そんな彼の魔王としての人生を描いた物語である。




「アッシュ・ハーペント、貴殿を《シュレイド王国》の新たな魔王として任命する」


 室内のランタンの明かりが頼りなく揺れ、鏡面が微かに揺らぎ、刃のような鋭さを持つ老婆の声が静寂を切り裂く。


 彼女の名前はフレイヤ・リッテ。

 青年の暮らす《シュレイド王国》の隣国である《フィアリラ帝国》の魔王を務めている女性である。現在、彼女は最年長であることを理由に議会の進行を任されていた。


「魔王となった貴殿には魔王の存在理由を知る義務がある。良いか、魔王の役目は主に二つある。一つは世界の均衡を保つこと、そしてもう一つは──」


 いずれ復活する魔族の王を討ち滅ぼす事、彼女の口から出た言葉は世界の根幹を揺るがすほどの衝撃を彼に与えた。


「魔王が、復活……?」

「我々は『魔の災禍』と呼んでいる。ヤツが復活した際に命を賭して戦う、それこそが選ばれた力を持つ我らの役目。その重み、理解は出来たか?」


 彼女の言葉と瞳には、確かな覚悟が含まれていた。瞬間、彼の脳裏で彼女の表情と死に行く冒険者たちが最期に見せる儚げな笑顔が重なった。


「おいおい、婆さん。あんまり新人をいじめてやんなよ。魔の災禍が復活したらぶっ殺す、説明なんてそんだけで良いだろうが!」


 苛立ちを含んだ声をフレイヤに向けたのは《ヴィクア連合国》の魔王、ゼル・ウルドだった。

 紅の刺繍の入ったモスグリーンのローブを目深に被っており、その表情は確認できない。


「ふむ。お前の粗野な物言いは論外だが、理解できなくもない。ならば今回の任命式はこれにて終了としよう。各々、世界の為に尽力するように務めよ!」


 彼女の言葉を合図にし、壁に設置された五枚の大鏡がそれぞれ波打つように揺らぎを発生させる。

 揺らぎは波紋となって鏡面を歪め、魔王たちの姿を隠した。

 そして完全に魔王たちの姿が消えて鏡面が黒く染まった瞬間、彼は静かに塔の天井を見上げた。


「ヤバッ、こんな事してる場合じゃなかった!」


 先ほどまでの張り詰めた空気から一転、彼は慌てた様子で金糸の入った白のローブを翻した。そして壁に掛けられたランタンを手にし、塔の階段を掛け降りる。


 塔を出た瞬間、視界を遮るほどの日の光と王都の賑やかな喧騒が風に乗って彼に届いた。商人たちの威勢のいい声、街の生活の音、子供たちの笑い声。

 それらは塔内部の話で暗くなった彼の心をそっと解きほぐした。


「よし、さっさと用事を済ませよう!」


 軽くなった足取りで走り出したアッシュは雑踏を縫うようにすり抜け、そよ風を周囲に巻き起こしながら街の奥にある王城を目指した。


 魔王就任の祝いの挨拶、今後の国家の方針への助言、他国との折衝の依頼。彼にとって王城での国王との謁見はひどく退屈な物だった。

 王城からの帰り道、外は夕焼け色に染まっていた。時折、詰所から聞こえる兵士たちの気合いの入った声が静けさに彩りを与えている。


 夕焼けを背に浴び、彼は再びゆっくりと歩き出す。彼は冒険者ギルドの前で立ち止まると数秒の迷いを見せた後、建物の中へと入った。


「アッシュさん、こんな時間に来るなんて珍しいですね! あっ、それとも魔王様って呼んだ方が良かったですか!?」

「こらこら、茶化すなって。今まで通り、アッシュでいい。それより、ギルマスはいるか?」

「今は来客の対応中ですね。アッシュさんが来たことを伝えて来ましょうか?」

「いや、いい。その代わり、ギルマスへの伝言を頼めるか?」


 彼女に別れを告げて早々に建物を後にした彼は、感慨深げに空を眺めた。世界が大きく動きそうな、そんな予感めいた感覚を抱きながら、アッシュは夜の街へと消えていった。


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