第6話 聖なる名の下に(教会側視点)

 白亜の大聖堂、その地下。

 外界の光を一切通さない会議室には、蝋燭の炎だけが揺れていた。


「――報告を」


 低く、威厳のある声が空間を支配する。

 円卓の最奥に座るのは、教皇代理・グラディウス。

 その左右には、枢機卿、異端審問官、異端治療署の長官が並んでいる。


 立ち上がったのは、異端治療署長官――ヴァレリウス。


追放対象元・聖女エルシアについて、追加報告があります」


 “元”という言葉に、数名の枢機卿が眉をひそめた。

 それでも誰も訂正しない。


 すでに教会内では、

 エルシアは聖女ではない

 という前提が、暗黙の了解になっていた。


「彼女は現在も生存。森を移動しながら、負傷者の治療を行っている形跡があります」


「……治療?」


 教皇代理が、怪訝そうに問い返す。


「はい。ただし、通常の聖術ではありません」


 ヴァレリウスは、一枚の報告書を円卓に滑らせた。


「治療を“選別”しています。

 信仰を強制しない。

 誓約を結ばない者は、治さない」


 ざわり、と空気が揺れた。


「それは……治療の否定ではないか」

「聖女の名を持っていた者が、そんな選民思想を……」


「いいえ」


 ヴァレリウスは静かに首を振る。


「選んでいるのは、彼女ではありません。

 選ばせているのです。患者自身に」


 一瞬の沈黙。


 枢機卿の一人が、苛立ったように机を叩いた。


「ふざけるな!

 救いとは、与えるものだ!

 選ばせるなど、神への冒涜だろう!」


 その言葉に、教皇代理は目を伏せたまま答える。


「……問題は、そこではない」


 全員の視線が、教皇代理に集まる。


「彼女の属性だ」


 ヴァレリウスは、ゆっくりと頷いた。


「確認されました。

 エルシアは――悪属性を保持しています」


 重苦しい沈黙が落ちる。


 悪属性。

 教会が“治療不能”“更生不可能”と断じた力。

 記録上、進行した個体はすべて処分されてきた。


「……だが、聖女は善属性の頂点だったはずだ」

「悪属性など、後天的に発現するはずがない」


「通常は、そうです」


 ヴァレリウスは続ける。


「しかし彼女は、

 治療を拒否され、

 信仰を奪われ、

 それでもなお、生きることを選んだ」


 異端審問官が、低い声で呟く。


「……進化、か」


「はい」


 ヴァレリウスは、はっきりと告げた。


「悪属性が、進化しています」


 誰かが、息を呑む音がした。


「教会の記録に、前例は?」


「ありません。

 なぜなら――進化に至る前に、すべて処刑されていたからです」


 その言葉は、事実だった。

 そして同時に、教会自身への告発でもある。


 教皇代理は、静かに目を開いた。


「……つまり」


 ゆっくりと、言葉を選ぶ。


「我々は、

 “何になるか分からない存在”を

 世界に放ってしまった、ということだな」


 沈黙。


 やがて、枢機卿の一人が口を開く。


「今からでも、始末すべきでは?」


「異端治療署を総動員しろ」

「民に被害が出る前に――」


「無理です」


 ヴァレリウスは即答した。


「彼女は、追跡を察知しています。

 魔力感知、生命反応、意図の読解……

 既に、我々の想定する“悪属性”ではありません」


 異端審問官が、唸る。


「……災厄認定か」


 教皇代理は、しばらく考え込んだ後、静かに宣言した。


「否」


 全員が顔を上げる。


「彼女は、“魔女”だ」


 その言葉に、困惑が広がる。


「ただし」


 教皇代理の声が、冷たく響く。


「教会の管理下になければ、

 やがて信仰を壊す」


 彼は、宣告するように言った。


「元・聖女エルシアを――

 『非公式異端存在・観察対象』に指定する」


「討伐は、しない?」


「今は、な」


 教皇代理は、遠くを見るように呟いた。


「治さない治療師が、

 この世界に何をもたらすのか……

 それを見極めてからでも、遅くはない」


 会議は、そこで終わった。


 だが、誰も知らない。


 その“様子見”という選択が、

 後に教会史上最大の誤算と呼ばれることを。


 ――悪属性の魔女は、

 もう、祈りを必要としていなかった。

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次の更新予定

2026年1月12日 19:00
2026年1月13日 19:00
2026年1月14日 19:00

元聖女の悪属性治療 うたたねちゃん @Utatanechan

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