元聖女の悪属性治療

うたたねちゃん

第一章 第1話「救う者は、祈らない」

 血の匂いは、祈りよりも早く人を集める。


 石畳に広がる赤黒い水たまりを前に、エルシアは膝をついていた。

 倒れているのは、まだ十にも満たない少年だ。胸が上下している。――生きている。


「……まだ、間に合う」


 彼女の背後で、母親が震えた声を出した。


「お、お願いします……この子を……」


 エルシアは頷かない。

 代わりに、低く告げた。


「痛いよ。叫ぶし、たぶん気を失う。

 それでもいい?」


 母親は一瞬だけ目を伏せ、そして強く頷いた。


「生きられるなら……それで……!」


 エルシアは少年の胸に手を当てた。

 次の瞬間、黒い光が指先から滲み出る。


「――呪蝕、深度三。教会式じゃ、もう切られてる命ね」


 闇が、少年の体内へと沈み込む。


「っ……ああああああ!!」


 悲鳴が路地に響く。

 肉を裂く痛み。骨を軋ませる感覚。

 呪いを“壊す”ために、正常な部分も巻き込む。


 それでも――。


 数秒後、少年の呼吸が安定した。


「……助かった」


 その言葉と同時に、拍手の音が響いた。


「異端治療師エルシア・ノクス」


 振り向くと、白と金の法衣を纏った神官たちが立っていた。

 胸には光輪教会の紋章。


「教会の許可なき治療行為。

 しかも悪属性。弁解は?」


 エルシアは立ち上がり、淡々と答えた。


「治療しただけ。

 見ての通り、生きてる」


「神の許しを得ずに?」


「……命は、神より先に苦しむわ」


 神官の表情が凍る。


「異端の言葉だ。

 拘束し――」


「待って」


 母親が少年を抱いたまま前に出た。


「この人がいなかったら、この子は死んでた!

 それでも罪だって言うんですか!?」


 神官は静かに答えた。


「神が望まれた死なら、それは救済です」


 エルシアは、初めて感情を滲ませた。


「……だから私は、祈らない」


 闇が、彼女の足元に広がる。


「祈る暇があるなら、

 私は――救う」


 その瞬間、教会と国家の歯車が、静かに回り始めた。

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