東都暦333年

三日月未来(みかづきみらい)

第1話 東都アカデミー賞

 東都暦333年3月33日。

 太陽歴が変更された年、芸能界に激震が走った。


 如月進一は純白のジャケットの下に襟の大きな淡い色のブルーシャツを着用している。

真っ赤な革靴の上のスラックスはシャツと同系色だ。

長身の男はやや色白の肌に凛とした顔立ちにスキンヘッドが襟足から見える。


 頬から覗く演技中の刀疵が凄みを浮き立たせて堅気に見えない風貌が異様だ。

大きな瞳の上に黒縁のピンクサングラスを掛けて濃紺の大きなパナマハットが頭皮を隠していた。


 通りすがりの人間がノータイ姿のこの男を見かけても役者とは気づく者はいない。

怪しむのが関の山だ。ただ独特な違和感が後ろ姿に漂っている。

役者特有の背筋を伸ばした真っ直ぐな姿勢の歩き方が一般人とはかなり違う。


 東都アカデミーの歴代受賞リストに名を連ねた男は、静かに扉を開け隅の席に腰を下ろし帽子を深く被り直した。


 室内から聞こえる甲高い司会者の声に苛立ちを覚える進一は冷静を装っていた。


「皆さん、ご存知のように東都アカデミー賞の規約が大幅に変更されました! 」


 進一は勢いよく手を上げて言った。

「質問よろしいですか 」

「あなたは人間ですか? 」


「はい、人間ですがーー 何か問題ありますか 」


 司会者は逆ギレして不機嫌な表情を浮かべながら答えた。


「あなた周囲に気付いていますか? 」

「ええ、人が少ないようですが 」


「人ですか? 」

「はい 」


 司会者は進一を一瞥すると嫌味のある大きな声を上げた。

「趣味の悪い服装の人は、あなただけですが! 」

「じゃあーー 」


「あなた以外は私を含めてすべてアンドロイドです! 」

「分かりましたが、それが何かーー 」


「なぜ入れたのですか? 」

「分かりません・・・・・・ 」


「では、直ちにご退場をお願いします! 」

「要請ですか 」


「いいえ、この場の責任者としての命令になります! 」

「出ないと、どうなりますか 」


「強制的排除の対象となります! 」

「穏やかじゃありませんね 」


 如月進一は降参のジェスチャーをして部屋から退室した。

それは進一が昨年のアカデミーで、主演男優賞を受賞した作品のラストシーンと同じ仕草だった。




   ⬜︎⬜︎⬜︎




 部屋を退室させられた如月進一が気付くと廊下が消えていた。

目の錯覚なのかと思ってサングラスをずらしてみたが変わらない。


 知らないうちに、大きなスタジアムの通路に移転していたのだ。

大勢の人間が殺到して歩く隙間がないほどに行く手が塞がれている。


 下へ通じる幅広く長い螺旋階段には人が溢れて白い階段の側壁も焦茶の手摺りも見えない。


 床に敷かれている真っ赤なカーペットが人の隙間から見え隠れしていた。


 進一は人垣の隙間を縫うようにして一階フロアに辿り着いた。

ほっと一息して振り返ると、人垣がスタジアムの中に繋がっている。


 不審に思った進一は無意識に首を傾げ腕組みをしてため息を吐く。

中を覗き込むと、会議用テーブルの上に堆くプレゼントが山積みされていた。

 

「なんだプレゼントの列だったのか 」

進一は声を出してしまい周りを見てほっとする。


 大きなスタジアムの隅まで歩いて気付く進一。

大理石の白い床が、クリスタルミラーガラスの壁まで続いている。


 遠くには大きな山々が青々と輝いて太陽光が降り注いでいた。

それは上から見下ろす景観で違和感を覚える進一。


 スタジアムと思った場所はーー 空中に浮いている巨大な宇宙船の中だった。

ゆっくりと飛んでいるように進一には見えていた。



   ⬜︎⬜︎⬜︎




 進一の記憶が会場に入った途中から消えていた。


 なぜアンドロイドと遭遇したのか?

なぜこの宇宙船にいたのか?

アンドロイド司会者の仕業か?


 進一は混乱を避け考えることをやめる事にして、心を解放した。


 人間たちのざわめきが時折、聞こえてくる。

東都アカデミー賞最優秀賞が発表されていた。


 ざわめきの正体が告げられていた。


「今年からの規約変更によりーー 人間の該当者はなしとなりました! 」

 聞き覚えのある甲高い声の会場アナウンスが淡々と告げていた。




   ⬜︎⬜︎⬜︎




 黒髪にポニーテールの椎名由香里は黄色のブレザーの下に大きな開襟のブルーシャツを着てプリーツタイプの黄色のミニスカート、ワインレッドのハイヒールを履いていた。耳元でピンクゴールドのハートのイヤリングが輝いている。


 濃い茶髪にピクシーカットの栗田きみ絵は白いジャケットの下に襟の大きな淡いピンクシャツを着用して紺色のミニスカートに紫色のパンプスだった。双子の妹のきみ絵は姉と色違いのイエローゴールドのハートのイヤリングを身に着けていた。


 二人とも長身に花顔柳腰のスタイルで誰もが知っている有名女優だ。

二人の本名は進一と同じ如月の姓だった。

進一の母の妹の娘に当たる。


「もう私たち人間が受賞することは無いよ 」

由香里が吐き捨てるような強い口調で言った。


「由香里、そんなレベルじゃないよ 」

「じゃあ、きみ絵は 」


「俳優業が終わったと思っているわ 」

「どう言うこと 」


「デパートが消えたでしょう 」

「知っているわ 」


「すべてが自動化された時代なの今はーー 入れ物さえ必要無くなったのよ 」

「そうね、空飛ぶタクシーに運転手がいないわ 」


「なんでもかんでも、この世界はエイアイに支配されてしまったのよ 」

「アカデミー賞も人間じゃないエイアイ映像の役者ね 」


「実在しないエイアイの役者が完璧すぎる妖艶な演技をしているわ 」

「煌びやかでも偽者よ。二次元の虚構なのよ 」


「そうかな。3Dの立体ビデオは巨大なホログラムスクリーンに投射されているわよ 」

「うん、超小型の家庭用もあるわね 」


「この大きなスタジアム型の宇宙船も映画館機能が選べるのよ 」

「この黒いグラス製のゴーグルね 」


「観客席からディスプレイを選択するだけで瞬時に映像が変わるの 」

「役者失業時代が始まっているのね 」


 映画館の通路にいる二人の女優の前に進一が現れた。

「あら、如月先輩もここでしたか 」


 如月事務所の後輩に返す言葉を探しながら、進一は空間のアイテムボックスからプレゼントの小さな包みを取り出して二人に渡した。


「先輩、これなんですか 」

由香里が包みのリボンを解いて言った。


「東都アカデミーの記念キーホルダーらしい・・・・・・ 」


 進一はスキンヘッドの汗を青いハンカチで拭きながら事情を説明した。


「じゃあ先輩、これは 」

きみ絵は別の包みのリボンを解いて中身を進一に見せた。


「そう言うことになるかなーー 」


 女優二人に背中を向けた進一は、ホログラム携帯のワイヤレスイヤホンを耳に当てた。

進一は宇宙GPSの警告サインに気付いた。


「由香里、きみ絵、ここは危険だ。脱出用カプセルに急ごう 」


 進一は二人の女優の耳元で囁くような声で言った。

それは芸能事務所内だけで通じる暗号だった。


「じゃあ、分かったら急ごう 」

「先輩、付いて行きます 」

 双子姉妹が進一の両脇に並んで、船内移動通路を抜けた。


「もうすぐだ 」

「先輩、おかしいですよ 」

きみ絵の声。


「きみ絵、由香里ーー 転移異常だ 」

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東都暦333年 三日月未来(みかづきみらい) @Hikari77

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