終章:本当の守護神
王都の大通りは、熱狂の坩堝(るつぼ)と化していた。降り注ぐ花びら。耳を聾(ろう)するほどの歓声。凱旋のラッパが誇らしげに響き渡り、市民たちは涙を流して「救国の英雄」の名を叫んでいる。
その中心にいるのは、黄金の鎧をまとったガランドだ。彼は愛馬に跨り、満面の笑みで民衆に手を振っている。その姿は、まさに物語から抜け出してきた太陽そのもの。誰もが彼を愛し、彼に憧れ、彼こそがこの国を救ったのだと信じて疑わない。
――それでいい。私はその光景を、大通りの喧騒から一本外れた路地裏、輸送部隊の解散式が行われている薄暗い仮設テントの中から眺めていた。
「兵站(へいたん)屋!ここにいたのか!」
テントの布が乱暴に捲り上げられる。入ってきたのは、つい先ほどまでパレードの先頭にいたはずのガランドだった。彼は従者に制止されるのも聞かず、興奮冷めやらぬ様子で私の元へ歩み寄ってくる。
「探したぞ! 王様が祝宴を開くそうだ。お前も来い! 補給のおかげで勝てたと言ってやる!」「……お気持ちだけ頂戴します、ガランド将軍。私はまだ、資材の返納確認と損耗報告書の作成が残っていますので」「なんだ、つまらん奴だな!まあいい、お前が裏方好きのお陰で、俺は存分に暴れられた!」
ガランドは豪快に笑い、私の肩をバシッと叩いた。その顔には、一点の曇りもない。彼は本気で思っているのだ。自分の剣が敵を砕き、自分の武勇が敵将を降伏させたと。敵がなぜあそこまで脆かったのか、なぜ決戦の最中に敵軍の動きが止まったのか、その理由を深く考えようとはしない。
「俺たちの武勇のおかげで、国は守られたな!」
その無邪気な言葉に、私は帳簿から顔を上げ、彼の目を真っ直ぐに見つめた。嘘ではない。彼は確かに戦った。敵の視線を一身に集め、私の描いた絵図の上を、完璧な速度と派手さで走り抜けた。
(その通りだ。君は、最高のライオンだったよ)
私は内心で最大の賛辞を送る。この猛獣がいなければ、私の兵站(ロジック)は成立しなかった。彼は私の最強の駒であり、同時に、私が守るべき最大の「荷物」でもあった。
「……ええ、素晴らしい武勇でした。あなたの剣こそが、この国を救ったのです」
私が恭しく頭を下げると、ガランドは「わかればいい!」と満足げに頷き、再び光の満ちる大通りへと戻っていった。歓声がドッと沸く。太陽は、空にあるべきだ。こんな薄暗いテントの中ではなく。
再び訪れた静寂。私は崩れた書類の山を整え、インク壺の蓋を閉めた。
「……本当によろしいのですか?」
背後から、静かな声がかかった。振り返ると、私の副官を務める女性士官が立っていた。彼女の手には、最終的な決算報告書が握られている。彼女はパレードの方角と、私の手元にある帳簿を交互に見て、悔しげに唇を噛んだ。
「この勝利の立役者が誰なのか。敵を本当に倒したのが何だったのか。……誰も、知らないままです」「それでいい」「良くありません!見てください、この数字を」
彼女は報告書を机に広げた。そこには、今回の戦争における物資の消費量、輸送スケジュール、そして敵軍の「予測損耗率」が記されている。 結果の欄に記された数字は、事前の予測と完全に一致していた。小麦の一粒、矢の一本に至るまで。
「無駄も、誤差もありません。ガランド将軍が剣を振るう前に、敵軍はすでに『詰んで』いました。……あなたが、そう仕向けたからです」
彼女の声が震える。外では市民たちが「ガランド万歳」と叫んでいる。だが、この静かなテントの中で、彼女だけが真実を目撃していた。命の重さを量り、カロリーを計算し、物理法則という名の鎖で戦争そのものを縛り上げた、冷徹な支配者。ガランドが剣(つるぎ)なら、目の前のこの男は――天秤だ。
(この国の本当の守護神は、輝かしいパレードの中ではなく、この薄暗いテントの中にいる)
彼女の視線には、畏怖と、そして深い敬意が混じっていた。私は苦笑し、眼鏡の位置を直した。
「あまり買い被るな。私はただの、小心者の兵站屋だ」「ご謙遜を」「謙遜ではない。事実だ」
私は立ち上がり、最後の書類を木箱に収めた。箱の蓋が閉まる音。それが、この戦争の本当の終了合図だ。
「戦争はな、勝った理由が分からないくらいでいいんだ」
私はテントの出口へと向かう。外の光が、足元に細い線を描いている。
「魔法で勝った、奇跡で勝った、英雄が強かったから勝った。……民衆がそう信じているうちは、戦争はロマンのままでいられる。我々のような人間が『あれはただの物量と数字のパズルだ』と明かしてしまえば、彼らは夢から覚めてしまうだろう?」
副官は何も言わず、ただ深く敬礼をした。その瞳に宿る光は、外の熱狂よりもずっと澄んでいて、確かな信頼に満ちていた。それで十分だった。 私は帽子を被り直し、光と影の境界線へと足を踏み出す。
誰も称賛しない。歴史書にも名は残らない。だが、それでいい。剣の届かぬ場所で、戦争は、正確に終わっていた。
(兵站戦記 完)
兵站(ロジスティクス)無双 ~脳筋英雄を囮にして、敵軍を「カロリー計算」と「重量」で自滅させてみた~【完結済】 早野 茂 @hayano_shigeru
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