貧乏人とは付き合えない」と俺を振った元カノ、実は俺が【資産50億円】の投資家だと知って復縁を迫るがもう遅い
月下花音
第1話:損切りはお早めに
「……だから、ごめん。あんたの貧乏くさい生活には、もう付き合えないの」
放課後の屋上で、錆びついた金網越しに吹き込む風が彼女の髪を揺らしていた。
鼻を突くのは、ドラッグストアで売ってる安っぽいフローラル系の香水の匂い。『ピンクダイヤモンド』とかいう、なんか中学生が好みそうなネーミングの代物だ。
目の前に立つ元カノ――亜理紗(ありさ)は、申し訳なさそうな顔を作ってるけど、その瞳の奥には隠しきれない優越感と蔑みを宿してる。彼女の手には見慣れない高級ブランドのバッグが握られてて、エルメスの偽物だろうが、それでも俺の月の食費より高そうだった。
彼女はチラリと、俺の着てるTシャツに視線を落とす。
首元が少しヨレた、3年前に買ったユニクロのTシャツ。当時990円のセール品で、今では洗濯を重ねて生地が薄くなってる。
「まあ、予想はしてたけどな」
分かりやすい奴だ。
株価チャートより単純な「乗り換えサイン」。
最近のスマホいじり、デート中の上の空、既読スルー。
全部、教科書通りの「お別れフラグ」じゃねえか。
「悪いけど、具体的にどの辺が?」
縋(すが)ったり怒ったりするのは疲れるだけだ。
どうせ終わるなら、さっさと終わらせて家に帰りたい。
今日の相場、まだチェックしてないし。
「え? ……全部よ。自覚ないの?」
亜理紗は呆れたように溜息をついた。その仕草すら、どこかで見たことがあるような安っぽい演技に見える。
「そのヨレヨレの服もそうだし、デート代だっていつも割り勘じゃない。お昼ご飯だって、いつもまたコンビニのおにぎり一個……見てるこっちが恥ずかしくなるのよ」
彼女は一息つくと、勝ち誇ったように言った。
「その点、東条くんは違うわ。この前なんて、駅前の『回らないお寿司』に連れて行ってくれたの。一人前8000円もするのよ? 誕生日のプレゼントだって、ちゃんとブランド物のバッグをくれたし……やっぱり、男としての格が違うっていうか」
東条。ああ、同じクラスの目立ちたがり屋か。親が地元の建設会社の社長だとかで、親のブラックカードを自分の財布のように自慢してる成金野郎だ。なるほど、そっちに乗り換えたわけか。分かりやすい「高値づかみ」だ。
東条かよ。
あの成金野郎、「回らない寿司」とか自慢してんのか。
親の会社の財務状況、火の車なのにな。
沈みかけの泥船に乗り換えるなんて、ご愁傷様としか言いようがない。
「そうか。それは良かったな」
「……え、怒らないの? 泣いて縋るとかしないわけ?」
「怒る? なんで?」
俺は本当に不思議だった。投資の世界では、パフォーマンスが悪化した銘柄に執着するのは愚策中の愚策。将来性のない事業、コストばかりかかってリターンのないプロジェクト。それを切り離すことを、我々は「損切り(ロスカット)」と呼ぶ。これは敗北じゃなくて、致命傷を避けるための合理的な判断だ。
「お前が俺の『貧乏くさい』生活様式(ライフスタイル)に耐えられないなら、それは単純な需給のミスマッチだ。俺にとっても、金のかかる女を無理に維持し続けるのはコストパフォーマンスが悪すぎる」
「な……コストって何よ! 私が金食い虫だって言うの!?」
「事実だろ。お前が求めてるのは『財布』であって『パートナー』じゃない」
俺は淡々と言い放った。
実際、この3ヶ月で俺が払ったのは15万くらい。
対して得られたのは、愚痴と、中身のない会話と、この裏切りだ。
どう計算しても赤字。
損切りできて清々するわ。
「分かった。ビジネスライクにいこう。これで契約解除(破局)だ……東条の親の金でお幸せにな」
「っ……! ふん、なによその負け惜しみ! 可愛げがないのよ、あんたは!」
亜理紗は顔を真っ赤にして、捨て台詞を吐いた。
「せいぜい、賞味期限切れの安いおにぎり食べて、惨めに長生きすればいいわ! 一生、底辺を這いつくばってなさい!」
彼女はヒールの音を響かせて、屋上のドアへと消えていった。バタン!と無駄に大きな音がして、鉄の扉が閉まる。
屋上には、俺一人と、埃っぽい風だけが残された。
「……底辺、か」
俺は苦笑した。確かに、表面的には底辺だろう。だが、亜理紗は知らない。俺が今朝、寝起きのベッドの中でスマホをいじってる30分間で、彼女の年収を軽く超える利益を上げてることを。俺が「賞味期限切れのおにぎり」を食べながら、数億円規模のポジションを管理してることを。
「……ふぅ」
俺は大きく息を吐いて、錆びた手すりに寄りかかった。眼下には、この街の風景が広がってる。雑居ビル、パチンコ屋のネオン、渋滞する車の列。どこにでもある、ありふれた地方都市の夕景だ。
俺はポケットからスマホを取り出した。画面には蜘蛛の巣みたいなヒビが入ってる。背面の塗装も剥げかけた、数年前のミドルスペックモデル。ブックオフの中古コーナーで数千円で売られてそうな代物だ。
だが、この「ボロボロのスマホ」こそが、俺の最強の武器だった。最新のiPhoneを持ち歩けば、それだけで注目を集める。俺の正体がバレるリスクが高まる。だから、あえてこの「貧乏人らしいスマホ」を使い続けてる。
「……さて、市場はどうなってるかな」
俺は指紋認証でロックを解除して、ホーム画面の奥深くに隠されたフォルダを開いた。『MarketAccess』。一般人はまず目にすることのない、プロフェッショナル向けのトレーディングツールだ。
顔認証がコンマ数秒で通って、黒を基調とした無機質なトップ画面が表示される。そこに並ぶのは、今の俺の「恰好」とはあまりに不釣り合いな、暴力的なまでの数字の羅列だった。
『資産合計(推計):5,243,108,450 JPY』
『本日実現損益:+32,500,000 JPY』
『含み益:+128,400,000 JPY』
『保有ポジション:USD/JPY ショート 50lot、NIKKEI225 ロング 30lot』
「……まあまあだな」
亜理紗とくだらない別れ話をしてる数分の間に、仕込んでおいたポンド円のショートポジションが利確されてたようだ。プラス3250万円。東条が自慢する「回らないお寿司」とやらが、一体何万回食えるだろうか。彼が親に買ってもらった中古の高級車が、何台買えるだろうか。
俺の正体は、しがない貧乏高校生・久遠カケルじゃない。中学生の頃からFXと株式投資を始めて、類稀な相場観と冷徹な判断力で資産50億円を築き上げた、正体不明の個人投資家『K.K』だ。
金融業界では、俺の名前は都市伝説みたいに語られてる。『10代で50億を動かす謎の投資家』『一度も大きな損失を出したことがない完璧なトレーダー』『機関投資家ですら恐れる、市場の支配者』
もちろん、俺の正体を知る者は誰もいない。すべての取引は、複数の証券会社と銀行を経由した複雑なスキームで行ってる。税務処理も完璧だ。父から学んだ知識で、合法的な節税対策を徹底してる。
「貧乏くさい生活、か」
俺は自分の着てるヨレたTシャツを見下ろして、自嘲気味に笑った。確かに、傍から見ればただの貧乏人だ。だが、これは俺にとって必要な「迷彩服(カモフラージュ)」なのだ。
金があることがバレれば、世界は一変する。有象無象が群がってくる。怪しい投資話を持ってくる詐欺師、金を無心する親戚、そして亜理紗みたいな「金目当ての寄生虫」。それらは俺の資産を食い荒らすだけの害虫だ。
だから俺は、あえてこの「貧乏人」というアバターを纏って、社会の底辺に擬態してる。このフィルターを通過できない人間は、俺の本質に触れる資格がない。
俺が中学生の頃、初めて100万円の利益を上げた時のことを思い出す。嬉しくて、つい同級生に自慢してしまった。その結果、翌日から俺の周りには「友達」が急増した。みんな、俺の金に群がるハエだった。
『カケル、今度ゲーム買ってよ』『俺の分のジュースも頼む』『お前、金持ちなんだろ? ケチるなよ』
そんな連中に囲まれて、俺は学んだ。金は人を変える。金を持つ者の周りには、必ず寄生虫が湧く。だから、俺は「貧乏人の仮面」を被ることにした。
高校に入学してからも、その方針は変わらない。ボロボロの服、安い弁当、中古のスマホ。すべては、俺の正体を隠すための演出だ。
「……フィルタリング完了。有害なノイズ(亜理紗)が除去された」
俺はスマホの画面をタップして、亜理紗の連絡先を完全に削除した。バックアップも残さない、完全消去。彼女は、俺の人生というポートフォリオにおいて、もはや1円の価値もない「上場廃止銘柄」となったのだ。
ふと、スマホに通知が入った。経済ニュースアプリからの速報だ。
『【速報】米FRB、予想外の利上げ発表。ドル円急騰、一時150円台に』
俺は素早くチャートを確認する。ドル円が急激に上昇してる。俺が仕込んでたドル円ロングのポジションが、さらに含み益を増やしてた。
プラス5000万円。
たった今、俺の資産は亜理紗が一生かかっても稼げない金額だけ増加した。彼女が東条と「回らないお寿司」を食べてる間に、俺は彼らの年収を軽く超える利益を上げてる。
空は赤黒く焼け落ちてた。街の灯りが、一つ、また一つと点り始める。あの光の一つ一つに、金に翻弄される人々の営みがある。
だが、俺は違う。俺は金に翻弄されない。俺が金を支配する。
「さて……帰ってチャートの分析でもするか」
俺はボロボロのスマホをポケットに突っ込んで、口笛を吹きながら屋上を後にした。50億円の資産を持つ「最強の貧乏人」の夜は、まだ始まったばかりだ。
明日からは、また新しい「投資先」を探すことになるだろう。今度は、金に目が眩まない、本当に価値のある「銘柄」を見つけたいものだ。
(つづく)
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