事故物件ファイル:逆サロメ―最強怨霊女子と社畜潰れ―

花菱ななみ

第1話 予兆

 不意に深夜、悠月はふと、何かの気配に目を覚ました。

 ――来た……!

 そう思うと、息ができなくなるほどの恐怖に全身が固まる。

 その直後、みし、と何かの重みが、頭のすぐそばにかかった。

 引っ越してから、二週間。

 この部屋で眠ると、深夜、何かが現れる。

 触れはしなかったが、あと少しだけ髪が長ければ、踏まれて毛根まで引っ張られていただろう。それほどの、至近距離だ。

 自分の枕を、何かの足が踏んでいる。

 逆立った頭部の毛根が、一本一本引っ張られているかのように、チリチリと痛んだ。布団にすっぽりとくるまっていたものの、その中にある身体が冷水を浴びたように冷たくなる。

 歯がガチガチと鳴った。

 だが、こんなのはただの夢だ。早く眠りから醒めろ。

 そんなふうに自分自身に言い聞かせているというのに、意識はこの悪夢に囚われている。

 部屋中の空気がぴぃんと張りつめていた。喉にいがらっぽさを生じさせる、奇妙な匂いが漂う。



 見てはいけない。

 想像してはならない。

 想像は余計な恐怖を生み出すからだ。

 そう思っているのに、

 怖すぎて、

 逆に、

 確認せずにいられなくなることもあるのだと、悠月は知った。

 何かが自分の枕元に立っている。それが何なのか、知りたくてたまらない。

 呼吸が浅くなり、歯の震えが止まった。



 ぎこちなく、

 少しずつ、

 首が回っていく。

 そして、暗闇の中で悠月は何かを見たはずだ。



 だけど、それが何だったのか、覚えていない。それを見た瞬間、身体ががくがくがく、と恐怖に跳ね上がったことだけは記憶に残っている。

 そのまま意識がブラックアウトした。

 翌朝、目が醒めたときには、すでに遮光カーテンの隙間から光が差しこんでいた。

 馴染みのある、畳の四畳半が目に入る。

 いつもの朝だ。

 布団にすっぽりとくるまっていたはずなのに、その下の身体だけが冷たく凍えていた。

 真夜中に布団を剥いでいたとでもいうのだろうか。

 ガチガチの冷たい身体はなかなか温まらず、悠月は布団を引き寄せて呆然とカーテンを見つめていた。

 ――何を見た?

 わからない。思い出せない。

 何だか、とても恐ろしいもの、

 見てはならないもの。思い出してはいけないもの。

 全身が冷気をまとっていて、不意に歯がカチリと鳴った。

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