七話 二人からの依頼 其の二

 ブラッティム邸にようやく着いたのは午後二時頃。カラッとした晴天に爽やかな風が心地いい。


 塀に囲まれた屋敷と広大な庭を含めた大きな敷地がどれだけすごい地位に彼がいるのかを再確認させられる。


 こちらの様子に気がついたようで、フレンが屋敷玄関から走ってやってくる。


 片手を大きく振りながらメリッサが応じる。

「フレンさん!イヴレフさん!」


 フレンは大型の猛禽類の如く大きく羽撃く様に手を広げて、再会を祝う抱擁を交わす。

「メリッサー!会えて嬉しいよ!」


 後追いでゆったりとした足取りでやってきたイヴレフが片手を上げて挨拶をする。

「メリッサ、来てくれて嬉しいぜ」

 フレンは抱擁を解くと、玄関の前でどうぞどうぞと言わんばかりのポーズで催促する。

「さあさあどうぞ屋敷へ」

「それお前が言う台詞?」


 イヴレフの応接間に通され、執事が紅茶と焼きたてのクッキーをテーブルに陳列する。


 通常であれば食事の必要はないのだが、出された物は頂かなければならない。


 三人揃ってクッキーと紅茶に舌鼓を打ち、談笑する。


 イヴレフとフレンはいつも通りに会話をしつつ、メリッサが逸れないように半々の割合で話の輪に入れてくれた。


 そうしてやってくる依頼の歌を披露する時間。


 聖歌に込める力は最小限に留め、自身の歌唱力にその身を委ねる。

 

 ハスキーボイスに彩られ、こぶしとがなりがいいアクセントを飾り、彼女の良さでもあり悪さでもある癖のある歌声に二人は聴き入っていた。


 歌い終えると、喉が疲労困憊になる。

「ありがとうございました……」

 ガサついた声の謝礼に混じって二人の拍手が部屋に木霊した。


 部屋の外で聴いていたであろう使用人達も一様に部屋の中へとゾロゾロと侵入して彼女の歌声に万雷の拍手を送る。


「おいおい、皆盗み聞きするなら普通に入ってくればよかったのに」

「イヴレフ様は二人の依頼とおっしゃっていたので三人の水入らずを邪魔するわけにはいかないかと」

 

 使用人達の粋な計らいに思わず良心の呵責に駆られる。

 ならもっと声をかけるべきだったと。


 イヴレフは口元を綻ばせる。

「じゃあ、今度は皆揃って庭で聞こうぜ」


「あ、そうだ!忘れてた蜂蜜飴、蜂蜜飴」

 フレンが使用人から蜂蜜飴の瓶を三つほど腕の中に抱え込み、机の上に丁寧に配置する。

「え?いいのこんなに」


「うち養蜂場も経営してるからさ、報酬としてやれる量は幾らでもあるぜ?それに、メリッサの歌気に入ったからさ。出来ればまた聞きたいって感謝の気持ちも込めてだな」


「イヴちゃん可愛いとこあんじゃん」

 肘で脇腹を小突くフレンに対して、イヴレフは照れ隠しなのか反対方向に俯く。

「別にそんなんじゃねぇよ」


 メリッサが両手で服の裾を掴みながら俯いているのを見てイヴレフが心配そうに顔を覗き込んだ。

「どした?」

「いや、やっぱり自分の歌に自信持てないなって…」


 そんな杞憂ですら笑い飛ばす北風の如く、爽やかな笑顔を浮かべて、メリッサの背中を叩きながら告げる。

「俺はお前の歌、好きだぜ?」

「でも、皆から癖強すぎて聞いてられないって馬鹿にされるし、合唱の時と一人だけ浮いてるって言われるんだ」


 何かを察したのか、イヴレフが神妙な面持ちで告げる。


「それは、価値観に基づく解釈でしかないんだ。万人に好かれる聖人はいないし、ごく数人でも極悪人の良さを知っている奴はいる。思い出してくれ、メリッサ。今までお前の歌を聴いてきた奴らで、褒めてくれた奴らの存在を」


 俯いていた顔に日差しが飛び込んできた心地だ。


「イヴレフさん……」


 そこにフレンの北風が吹き込む。


「メリッサはちょっと真面目過ぎるんだよ、批判を真に受けすぎて傷ついちゃうし、澱みたいに溜め込んじゃう。受け流すくらいが丁度いいんだよ」


「フレンさん……」


 綻んだ口元と垂れた眉、優しげな表情でイヴレフが唇を動かした。

「だから、もっと自信持ってくれメリッサ」


「二人とも、ありがとう……」

 胸から込み上げる温かいものが涙腺を刺激し、涙袋から溢れ出た薄く塩味のある液体が頬を伝う。


「あー!イヴちゃんがメリッサのこと泣かした!」

「いや何でだよ」

 学校の子供のようなことを言い出すフレンに対してイヴレフが困惑している。

「嬉し泣きだから大丈夫」

「ほらな、てか泣かしたんならフレンも同罪だろーが」

 フレンは尤もな指摘に明後日の方向へと視線を巡らせるのを見てメリッサが微笑む。


「あとよ、メリッサ。……俺らと親友になってくれないか?袖触れ合うも多少の縁って言うしよ」

「親友?」

「そう、あ、歌を蔑ろにするってわけじゃないよ」

「え?……い、いいけど」


 真剣なイヴレフの急な提案にメリッサが首肯するとぱあっと親に新しい玩具を買ってもらった子供さながらに笑顔になる。


「よかった〜、俺、昔から謡蜂の親友が欲しかったんだぁ〜」

「イヴちゃん貴族様なんだからお金で買収すればいいんじゃ」

 フレンの冗談めいた物言いに若干怒りの滲んだ声音でイヴレフが言い返す。


「馬鹿お前、そういうのが俺は一番嫌いなんだ、金如きでゼロから優位的なアドバンテージ持ってけるのかって話。無理だろ普通に考えて。メリッサの人見知りな性格的にもよ」

 さもありなん。


「ごめん、ちょっと言い過ぎたね」

 フレンの方も安易に境界線を跨ぎこした内容を発してしまったことへ呵責の念に駆られる。

「わかりゃいい」


「イヴレフさん、やっぱり貴族様だから敬語の方がいいですよね?」

「言っとくけどよ、俺はそういう階級の垣根とかあんま好きじゃないのよ。友人ならそのままタメ口きいて欲しいし、対等な関係であり続けたい。俺の信条であり、親になんて言われても譲れない核だ。あと、さんも外していいぞ、堅苦しくて敵わん。あと、何かあったらいつでも来い。相談役でも、友人役としてでもいい。歓迎するぜ?」

「ありがとう、イヴレフ」


 メリッサが去った屋敷はさっきまでの賑やかさは形を潜め、重苦しい空気が支配下に置かれ、民主主義から独裁主義に入れ替わったかのようだ。


「ありがとうね」

 午後18時、メリッサが屋敷を後にする。彼女を見送る二人と使用人達は背中が完全に見えなくなるまで手を振って別れの挨拶を送り続けていた。


 自室に戻ったイヴレフが神妙な面持ちで書斎机に頬杖を付き、目の前にある資料を睨みつける。


「何か真意があるの?イヴちゃん」

「親父から聞いた話なんだが、数年前から謡蜂を狙う何者かがいるらしい」

「なるほど、可能な限り私たちだけでも一人でも多くの謡蜂を守ろうって魂胆?」


 深呼吸一つ。斜め左の方向にいるフレンを目だけで見上げる。


「折角できた友人に手が掛かったらって考えるとな。お前だってメリッサが蹂躙されるのを見てられないだろ?」


「それは許されないね」

 フレンが険しい表情になり、愛剣の柄を握りしめる。

「親友をまた失うのはもう嫌だから」


「それにしても、裏面で何かが蠢く気配が止まらないんだ、土砂降りの雨が降って土砂崩れ一歩手前の状態にまで来ているような……胸騒ぎがする」

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次の更新予定

2026年1月11日 07:00
2026年1月12日 07:00
2026年1月13日 07:00

謡蜂は誰彼へと謳う 黒木玲 @kuroki_rei976

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