損は嫌

冬部 圭

損は嫌

 損得勘定が気になってというか、損をしたくないという気持ちが強すぎて身動きが出来なくなっている気がする。これじゃいけないという気持ちと持って生まれた性質だからどうしようもないという諦めが僕の中で同居している。

「彼女ができないのもそのせいだ」

 居酒屋で一緒に飲んでいた高校からの友人にそう断言する。彼とは大学は別だったけれど就職先が近くなので年に一回くらい一緒に飲むことがある。

「それとこれとは別じゃない」

 疑問形で訝しげに言いつつ、彼はビールを口にする。

「だってさ、恋人ができても奢ったりするんだったら損じゃないかとか考えだしたらお付き合いなんてできないだろ。こんな面倒な性質だからダメなんだ」

 そう言ってこちらもビールを飲む。

「そうだなあ」

 今度の見解は否定されない。僕のことを面倒な奴だと思っているのだろう。それでも付き合ってくれるので心が広いというのか物好きと言うのか。

「最近はさ、色々な人がいるから何が正解なんてないのかもしれないよ。女性の方も『割り勘なんて信じられない』って人も確かにいるみたいだけど、そうじゃないって人もいるらしいし。要はお互いの価値観が受け入れられるかどうかじゃないかな」

 友人はそんな風にフォローしてくれる。

「性格とか話題とかが全く合わない人と無理に交際する必要は無いわけだから。じゃあ、どうやったら相性の人と出会えるかって問題はあるけど」

 そんな補足説明をしてくれる。

「でもさ、いくら相性が良くても全部受け入れてもらえるわけじゃないでしょ。我慢したり取り繕ったりするのはなんか損な気がするな」

 折角友人はフォローしてくれているのに、何か台無しにするようなことを言っているような気がする。

「損得勘定でって言うんならいいんじゃない。それは損より得の方が大きければ良いってことでしょ。ちょっと我慢したらそれ以上に楽しいこと嬉しいことがあればプラスになるわけだから。投資って喩えたら叱られるかもしれないけれど、それを今こうして飲んでる二時間の間で収支を見るのか、一日で見るのか、一月、一年、十年、一生、色々なスパンがあるよ」

 友人は気を悪くした風でもなく、楽し気に自身の考えを説明してくれる。

「今日、たかられて奢る羽目になっただと、今日の時点ではマイナスだけど、今日奢ったことによってお礼に好きなアーティストのコンサートのレアチケットを譲ってもらったとかだと収支はプラスって考えられないかな」

 なんとなく言わんとすることを理解する。

「その論で言うと僕は損をしたくないって気持ちが強すぎるのが問題のようだね」

 相槌というわけでもないけれどある程度話の内容を理解できた体で返事をする。

「損をしたくないってのは別に悪いことじゃないでしょ」

 友人はそう言って僕を励ましてくれる。

「でも、何をしても損をしそうで何にも踏み出せないんだ。何もしないと損しそう、何かしたら損しそう。どうしたらいいんだって感じ」

 照れ隠しで茶化すような口調になってしまうけれど、正直な気持ちを吐露する。

「だったら損と考えずに必要経費って考えればどうかな。今日だってこうやって居酒屋に来てるけれど、どっちかの家に行って飲んだらもっと安く上がったよね。だけど店に来ることで準備とか後片付けとか煩わしいことから解放される。お金を払う価値があると思うからこうしてここで飲んでる。お金を払うこと全部が損じゃない。それを払うだけの価値があるってことだけに使えばいいと思うよ」

 確かに高価な買い物をするときは損になるんじゃないかって気にするのに、今日居酒屋でビールを飲むことは損だと思っていない。ふたりで飲むことも時間の無駄だとは感じていない。意義の有無を無意識に判断しているってことなのだろう。

「あと、何に価値を見出すかが大切じゃないかなって考えてる」

 今度の指摘はよく理解できない。はてなマークを頭に浮かべて戸惑う。

「遊園地とかだと遊んだ後には写真くらいしか残らない。お金を払ったのに何も残らないんじゃ金銭的、物質的には損をしてるように見えないかな」

 言われてみればそんな気もする。いや、共感したら駄目だ。このままじゃ遊園地にも動物園にも行けなくなっちゃう。慌てて小刻みに首を横に振る。

「遊園地は楽しいとかスリルがあるとか言った体験に価値を見出す人がお金を出しているんだと思う。要はプラスとマイナスの物差しは物だけじゃなくて、体験や気持ちなんていう軸もあるんじゃないかってこと」

 友人はそんなことを続ける。まだ理解が追い付かない。

「他にはそうだな、食べ放題の焼肉が三千円だったとして、三千円を何の値段と考えるかってこと。何に三千円払うかな」

 質問が来て少したじろぐ。

「食べるお肉の値段かな」

 自信なさげな回答をすると、

「そう言う人も結構いるよね。それはつまり三千円をお肉という物の値段として考えてるってことだと思う。そうすると損しないようにするために三千円分以上お肉を食べようって食べ過ぎて苦しい思いをしちゃう。お金を払って苦しい思いをするって、それこそ損じゃないかな」

 僕にも心当たりがある。今何円分食べたとかあと何円分食べないと損だとか考えて満腹なのにさらに詰め込んで苦しい思いをしたなぁと遠い目になってしまう。

「見方を変えて色々なお肉の中や料理の中から好きなのを好きなタイミングで適量食べることができるサービスって考えるとどうだろう。カルビを食べてロースを食べて、お肉に飽きたらサイドメニューを頼んでってみたいに好きなものを食べられたって言う体験を買ったと考えると総額何円分食べましたって言うより満足できないかな」

 酔っているので大まかにしか理解できないけれど、なんとなく言いたいことが分かるような気がする。

「同じ金額を払って同じだけ食べても考えようによって満足だったり不満だったりするってことだね」

 多分友人の言いたいことはこんなことなんだろうと思うことを指摘してみる。

「そうだね。でもこれが唯一無二の回答ってわけじゃない。とにかく安くたくさん食べたいって人もいるだろうからね。人は人。自分の価値観でいいんだよ。色々考えてみてたくさん食べられなくても食べ放題には魅力があると思えば食べに行けばいいし、やっぱり食べ放題は損の方が大きいと思えば行かなければいいんだ。だけど量をたくさん食べられるかどうかという物の量というひとつの基準より、種類をたくさん食べられるかとかおいしいものや珍しいものがいっぱいあるかとかの楽しさや貴重な体験ができたといった他の基準もあった方がより人生を楽しめる気がしないかな」

 友人は疑問形で話を区切ってビールを口に運ぶ。

「物質的な損か得かで考えてもいいけど、他にも色々な基準があるよってことだね」

 飲みすぎたか、呂律がちょっと回らないけれどそう言ったつもり。

「うん。どの基準を優先するかは人それぞれ。何よりお金が大事とか、楽しいの優先とか、楽をしたいって言うのもあるかな。どれを大切にするかは自由だけど、ひとつだけを基準にするよりいくつも考えた方が。えっと、なんて言ったらいいのかな」

 友人も結構酔っているみたいで適当な言葉が出てこないみたいだ。なんとなく言いたいことは分かる。

「ひとつの価値観で損するかもって思って身動きできないのが苦しいんだったら、別の基準で考えたらどうか考えてみたらってことだね。別で考えてもやっぱり損だと思ったら心置きなくやらなければいい」

 なんか変な言い回しになっている気もするけど気にしない。

「そう。ホントに損か分からないからやらないって選択にもやもやするんだ。いろんな角度から見てやっぱり損だったらやらない。ある側面で得かもって思ったらやってみたらいい。こんな感じでどうかな」

 友人からそんな答えが返ってくる。気分が晴れてきた気がするのはアルコールのおかげなのか友人のおかげなのか分からないけれどなんか前向きになれた気がする。

「ありがとう。なんかすっきりした気がする。足を踏み出せないから足を踏み出さないに進歩できたよ」

 冗談を交えながら感謝の気持ちを口にする。

「気の進まないことをやるため、やめるための自分への言い訳だけどね」

 友人は笑ってグラスに残ったビールを空ける。

「じゃあ、練習問題。お店を出たらタクシーを使いますか」

 友人がそんな問題を提示してくる。

「ここからだとアパートまで歩いても帰れる距離だから、タクシー代のおよそ千円は無駄かもしれない。だけど、酔っているのに歩いて帰ったら転んで怪我したりするかも。いや、歩くと疲れる。タクシーは楽。この楽に千円の価値があるからタクシーだね」

 タクシーを選択。練習問題に解答できた。きっと模範解答だ。

「いいね。合格。じゃあお開きにしようか」

 割り勘でお会計を済ませて店を出る。

 自分自身が嫌いだった守銭奴のような金、物だけの損得勘定から解放されたような気がして晴れやかな気持ちでタクシーに乗った。

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損は嫌 冬部 圭 @kay_fuyube

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