もしかして俺って、もつれた状態? ~現実と異世界に別れた場合、上手くリンクできるのかな?~

🕰️イニシ原

第1章 俺は一人で、二人いる。

第1章 第一話 早くゲームがやりたい! ランドセルの音は革鎧の響き。トイレを済ませてログインした俺を待っていたのは、画面越しに近づいてくる”俺”だった

 俺は、終礼の鐘が鳴り終わる前にはもう、正門を飛び出していた。


 教室を出る時、先生の頭の上に何か付いていた気がした。

 でも、そのときには何も見ていない。

 言っていたことだって、俺の速さには届かなかった。


「先生ごめん。俺……急がなくっちゃ」


 走るたび、背中でランドセルがガシャガシャと鳴り響く。

 なんだか、いつもと違う重い音だ。

 革鎧を着て走っているときの音に、少し似ている。


 ――早く……早くゲームがやりたい。


 頭の中ではもう画面が浮かんでいる。

 最初の操作。

 指先に返ってくる、あの感触。


 そう言えば、クラスの誰かが言ってた気がする。

 ……やめ時が分からなくなるらしい、って。


 それって。

 それだけ面白いってことだよな?


 まあ、そんなのどうでもいい。

 帰ることに集中だ。


 玄関が見えた時点で、首から下げた鍵を握りしめていた。

 立ち止まることなく鍵を差し込み、開いた隙間に体を滑り込ませる。

 ドアを閉めると、キッチンの音が耳に飛び込んできた。


 ……あれ、今日は母さん、いたんだ。


「リク、おかえり。……またゲームでしょ。あんまり根を詰めないでよ」


 匂いが漂ってくる。

 まだ何を作っているかはわからないけど、夕飯を作っているようだ。


「ただいま、わかってるよ」


 そう返しながら靴を脱ぎ、すぐトイレへ向かう。

 そして手を洗ってリビングだ。

 テーブルの上の麦茶を手に取り、階段を駆け上がった。


 二階の奥が自分の部屋だ。

 ドアを閉め、ランドセルをほっぽり投げて、床に座り込んだ。


 早く――

 早くやるぞ、スイッチおぉーん。


 カチッ。


 ゲーム機の電源を入れると、いつも通りの起動音が鳴った。

 ゲーム内に、いるような感覚がして、胸が高鳴った。


 ロードが終わり、視界がぱっと開けた。

 そこには、昨日と同じ場所。

 でも映っているのは、景色だけだ。


「よし、今日も頑張っちゃうぞ!」


 思わず声が出そうになるのをぐっとこらえ、コントローラーを握る。

 手が震えるくらい、早く操作したくて仕方なかった。


 昨日でチュートリアルは終わっている。

 今日からが本番だ。


 キーを押すたび、画面が動きだす。

 革手袋の腕と剣だけが見えていた。

 ガシャガシャ鳴る音はランドセルの余韻とリンクして、妙にリアルな感覚があった。

 手元がうずいて、早く冒険を進めたくて仕方なかった。


「よし、今日も冒険の続きだ」


 そう思って操作を続ける。

 ……あれ、昨日はこんなにNPCが多かったっけ?

 ちょっと目が釘付けになったけど、そんなことより早くレベルを上げたい。

 ワクワクしながら、村の外へと狩りに出かけた。


 空中にふわふわ浮かぶ、綿毛かな?

 剣を振って切り裂いた。

 すると、コントローラーがぶるっと震えた。

 感触が、手のひらに返ってくる。


「お、いいじゃん」


 最近のゲームは、こういうところがやたらリアルぽい。

 今度は、敵の攻撃を受けた。

 瞬間、コントローラーが少し強めに震えた。

 胸の奥がぎゅっとした気がしたけど、すぐに次の攻撃で倒した。


 草むらの先に、黒っぽい水たまりが広がっていた。

 近づいても、動く気配はない。


 ……敵、だよな?


 試しに剣を振る。

 刃は、水を切るみたいに、すっと抜けた。


 コントローラーの、振動もない。


 なのに。


 一歩踏み込んだ瞬間、足の裏が冷えた気がした。

 画面の中の俺が、少しだけよろける。


「え?」


 必要な時に現れる体力ゲージが、わずかに減っていた。


 いつ、やられたんだ?


 考えても分からなくて、とにかく剣を振りまくった。

 狙いも何もない。

 ただ、そこにあるはずのものに向かって、何度も。


 しばらくして、敵を倒した時の音が鳴り、画面にアイテム取得の表示が出た。


「……倒した、のか?」


「え? なんだよそれ!」


 そう呟いて、気持ちを切り替える。

 いつまでも考えてても、レベルは上がらない。

 倒せたなら、それでいい。


 少し先へ進むと、道が細くなった。

 岩が転がっているだけの、地味な場所だ。


 ――いや。


 岩が、動いた。


 ごり、と鈍い音を立てて、岩の塊が立ち上がる。

 腕みたいな突起が二本。

 顔かどうか分からない、でこぼこした面がこちらを向いた。


「うわ……」


 見るからに硬そうだ。

 さっきの水たまりとは、正反対。


 踏み込んで剣を振る。

 刃が当たった瞬間、ガン、と重い衝撃が返ってきた。


 コントローラーが強く震え、手のひらがじんとする。


「硬っ……!」


 思わず声が出た。


 ……いける。

 そう思って、もう一度踏み込んだ。


 次の一撃は、少し遅れた。

 岩の腕が振り下ろされ、画面の中の俺が弾き飛ばされる。


 ドン、と低い音。

 コントローラーが一瞬、遅れて震えた。


「っ……」


 胸の奥が、ぎゅっと縮む。

 息が詰まった感じがして、思わず肩に力が入った。


 ……今の、ガードできたはずだろ。


 画面を見ると、体力が思った以上に減っている。

 ミスった感触が、はっきり残った。


「まあ、いいや」


 そう自分に言い聞かせて、距離を取る。

 回復アイテムを使うほどじゃない。

 たぶん。


 今度は慎重に、横に回り込んでから剣を振った。

 また、ガン、と硬い手応え。

 さっきよりも、少し強い。


 振動が、短く、でも確実に伝わってくる。

 手のひらが熱い。


 石皮獣がよろけた。

 今だ、と思って連続で攻撃を入れる。


 三発目。

 四発目。


 最後の一撃で、ようやく崩れ落ちた。


 重たい音と一緒に、敵撃破の表示が出る。

 アイテム取得。

 経験値アップ。


「……勝った、か」


 画面は、もう静かだ。

 岩だったものは、砕けて小石の様に転がった。


 なのに。


 コントローラーを持つ手が強張っていた。

 振動はもう止まっているはずなのに――

 手のひらには、痺れるような感覚がじんわりと残り続けている 。


 さっきの一撃。

 躱さなきゃいけないのに、まともに敵の攻撃を受けてしまった。

 もっと敵のタイミングを正確に見極めないと、次はもっと……。


 石皮獣を倒し、俺はふぅーと息を吐いた。

 画面は、俺の視界そのものだ。

 一人称視点の画面(カメラ)を左右に振って、周囲に敵がいないか確認する。

 だが、その時だった。


 ――ゾクッ。


 うなじのあたりに、ねっとりとした「視線」がまとわりついた。

 ゲームの中の話じゃない。

 もっと生々しい、誰かが俺の背中をじっと覗き込んでいるような気配だ。


「……なんだ?」


 俺は、無意識にコントローラーの右スティックを弾いた。

 自キャラの背後を確認するための、視点切り替え。

 一人称(FPS)視点から、キャラクターを背後から映す三人称(TPS)視点への切り替えだ。

 より何か、いないかと見渡せられる。


 カメラを、ぐるりと背後に回り込んだ。

 キャラクター越しに、その”景色”が映し出された。


「え――」


 空中に浮かぶそれは、およそこのファンタジーの世界には相応しくない。


 四角い枠があって、青白く発光していて。

 それはどう見ても、俺の部屋にあるモニターそのものだった 。


 その中には見慣れた、俺の部屋。

 使い古した学習机。

 脱ぎっぱなしの靴下。


 そして……

 コントローラーを握って、口を半開きにしている”俺”


 画面の中の俺(操作キャラ)と、画面の外の俺(プレイヤー)が、完全に目が合った。


『……え?』


 二つの声が重なる。

 一つは、自分の喉から。

 もう一つは、テレビのスピーカーから、わずかなノイズを伴って響いた。


 俺は、あまりにも驚いて、コントローラーを握っていた指先の力を失った 。

 ガタッ、と軽くも重くもする音を立てて床に落ちた。


 それなのに……。

 画面の中の”俺”は、口を半開きにしたまま、画面に向かい近づいてくる。


 その姿はどこまでもリアルで、今にも手を伸ばせば、その指先が画面を通り抜けて――

 俺と触れあうことができるようだった。

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