中部地方総合ニュースサイト「愛知ポータルnews」

【名古屋の街を侵食する「ゐびす」の微笑――都市伝説と化した違法ステッカーの正体を追う】


2020年6月16日07:00配信|中部地方総合ニュースサイト「愛知ポータルnews」


名古屋市の中心部、栄や大須の賑わいから一歩路地裏へ入ると、その「顔」と目が合う。のっぺりとした肉塊のような身体に、不自然なほど福々しい恵比寿顔。手には串団子やソフトクリーム。

そして「教えて下さい」という一文に添えられた不気味な電話番号……。


[画像:https://kakuyomu.jp/users/overq/news/822139842799178243


昨年春から名古屋市内で爆発的に増加した通称「ゐびすシール」がいま、単なる落書きの域を超え、地域住民や自治体、さらには海外のストリートアート愛好家をも巻き込んだ異常事態へと発展している。


◾️昭和区だけで42カ所、その異常な密度

本紙が独自に調査したところ、昭和区内だけでも地下鉄鶴舞線・桜山駅周辺から川名公園付近にかけて、わずか1週間の間に42カ所の貼付を確認した。特に電柱の地上1.5メートル付近、大人の視線の高さに集中しているのが特徴だ。


「最初は子供のいたずらかと思ったんです」と語るのは、昭和区で30年クリーニング店を営む男性(64)。「でも、剥がしても剥がしても、翌朝にはまた同じ場所に貼られている。それも、少しずつ絵柄が違う。最近では、わざわざ遠方から来たような若者がスマホで写真を撮っていく姿も見るようになりました」


シールのバリエーションは、現在把握されているだけでも24種類にのぼる。手に持つ「おやつ」が小倉トーストやエビフライといった名古屋メシに変化している「ご当地版」らしきものも確認されており、これがコレクター精神を刺激する一因となっている。


■謎を加速させる「繋がらない電話番号」

このシールの最も特異な点は、下部に記された「080」から始まる携帯電話番号である。本紙記者がこの番号に発信を試みたところ、「お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません」という無機質なガイダンスが流れるのみだった。


しかし、ネット上の掲示板「5ちゃんねる」や「X(旧Twitter)」では、奇妙な噂が絶えない。「特定の時間帯にだけ繋がる」「無音の後に、誰かの咀嚼音だけが聞こえる」「折り返しがかかってきた」といった、真偽不明の書き込みが後を絶たないのだ。


情報技術に詳しい名古屋工業大学の元非常勤講師はこう分析する。「これは典型的な『ARG(代替現実ゲーム)』の手法を模倣している可能性があります。現実世界にヒントを散りばめ、ネット上のコミュニティで謎を解かせる手法です。しかし、これが個人による愉快犯なのか、何らかのプロモーションなのか、あるいはもっと個人的で偏執的な意図があるのかは、今のところ判然としません」


■グラフィティ界の異端児「memento杜」説と沈黙

ストリートシーンでは、このデザインのタッチから、正体不明のアーティスト「memento杜(めめんとやしろ)」氏の関与が強く疑われている。同氏は過去に東京や大阪の廃墟を中心に、仏教的モチーフと現代消費社会を融合させた独創的なグラフィティを展開していた人物だ。


本紙はSNSを通じてmemento杜氏に近いとされる関係者に接触を試みたが、得られた回答は「彼は現在、創作活動を休止しており、名古屋の件には一切関与していない。むしろ、自分のスタイルを何者かに盗用されていることに憤慨している」というものだった。


否定の声がある一方で、模倣犯(コピーキャット)による拡散の可能性も浮上している。シールの印刷クオリティが場所によって微妙に異なることから、ネット上で配布されているデータをもとに、複数の人間が「ゐびす」を増殖させているという説だ。


■行政の苦悩:年間100万円を超える清掃コスト

一方で、笑っていられないのが行政側だ。名古屋市路面整備課の担当者は、厳しい表情で語る。「これらは明らかな道路交通法違反であり、屋外広告物条例違反です。シールの粘着剤が非常に強力で、剥がした跡が残ってしまうため、専門の溶剤を使用しなければなりません。既に本年度の清掃委託費の一部を食いつぶしており、市民の税金がこうした悪質な悪戯の処理に消えているのが現状です」


市では警察と連携し、防犯カメラの映像解析を進めているが、犯行は深夜から明け方の死角で行われることが多く、特定には至っていない。


■専門家が警鐘を鳴らす「割れ窓理論」の懸念

都市環境心理学に詳しい専門家は、この現象が地域の治安に与える影響を危惧している。「『割れ窓理論』が示す通り、一枚のシールを放置することが『この街は管理されていない』というシグナルになり、さらなる落書きや不法投棄を招く恐れがあります。『ゐびす』の笑顔がユーモラスであればあるほど、その背後にある違法性や地域コミュニティへの攻撃性が希薄化されてしまうのが、この問題の最も恐ろしい点です」


現在、SNS上では「#ゐびすキャッチ」というハッシュタグで、発見場所を地図にマッピングする有志の活動も活発化している。中には「聖地巡礼」と称して私有地に無断で立ち入るケースも報告されており、住民とのトラブルも表面化しつつある。


■「教えて下さい」が問いかけるもの

シールの空白の吹き出し。そして「教えて下さい」という言葉。彼(あるいは彼ら)は、一体何を求めているのか。単なる悪戯か、それとも現代社会への強烈な皮肉か。


名古屋の街に増殖し続ける「ゐびす」の微笑は、今日もおだやかに、そして不気味に、行き交う人々を見つめている。


【読者からの情報提供を募集しています】ゐびすシールの貼付現場を目撃した、あるいは詳細な情報をお持ちの方は、以下のフォームより情報をお寄せください。


※私有地への無断立ち入りや、危険な行為はお控えください。


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