第20話
沖からもらった三ヶ月。
買収阻止の売り上げアップ作戦を、たけだ屋の女将、英恵も交えてふく里に集まって話し合った。
当然、瑠生も席に立ち会ったが、瑠生は参加ではなく特訓の方で、だった。
初めて半玉になったときは、まだ中学生で声変わりもしていなかったから声でバレる心配はあまりしていなかった。
けれど今回は違う。もう、高二だし、背も昔よりは伸びている。声も、少し高めだけど一応、男子高校生だ。会話が長引けばバレる。
「なあ、本当にこれで女っぽくなるのか? 梅ちえね——」
文句を言ったわけではないのに、梅ちえにピコピコハンマーで頭を叩かれた。
「『なるのか』じゃなく、なるんですか、だよ」
だって──と、言いかけたが止めた。また、嬉しそうにおもちゃのハンマーで叩いてくるのがわかっているからだ。
「で、でも、ボイトレの動画見ただけで、本当にうまく声を出せるのか、じゃなくって、出せるんでしょうか」
自分で言ってて吐きそうになる。
よくテレビで見る、オネエに思えてきた。
「出せます。とりあえず、メラニー法と囁き戦法よ。地声のまま高い声を出す練習だから。ほら、のどを細めるようにして、のど仏を使わずに声を出してみ」
梅ちえに言われるがまま、瑠生は口を閉じた状態で「あっ、あっ」と発音をし、喘ぐような声を出した。
……自分でも何をしてるのかわからなくなってきた。鏡の前の俺、完全に変態だ。
鬼コーチの指示で次は長めの発音をしていると、桔梗の部屋のふすまが開いた。
中で会議をしていたフルメンバーが、瑠生を見て目を丸くしている。
「誰がよがり声を上げているのかと思ったら、瑠生だったのねぇ。エッチな子」
うふふと、里菊が笑うと、椿も英恵も、桔梗までもが笑っている。
「よ、よがり声なんて言ってないっ。俺は、声の練習を──痛って」
待ってましたと言わんばかり、梅ちえからハンマーで襲撃された。
「半玉は『俺』何て言わないでしょっ。来週にはお座敷に上がるんだから、今が正念場だよっ。ほら、続きをやるから」
はいはいと返事したら、またピコっと頭で音を奏る羽目になった。
「真剣にやりな。私はスパルタなんだ。ほら、次はささやき戦法だよ。ナイショ話しするみたいに声を出して。あー、違う違う。吐息まじりの声だって」
「梅ちえ姐さん、厳しい」
「あったりまえでしょ。あんたの半玉に命運がかかってるんだ。それに、やるからには相手を喜ばせる。嘘でもね。ほら、続き、続き」
ああ、何でこんなことになったんだ──って、俺のせいか。
でも、姐さんの言ってることは正しい。
こっちはフリでも、沖からすれば半玉からの接客を楽しみにしているお客だ。
楽しいお座敷だったと思ってもらいたい。
瑠生はグッとこぶしを作って気合いを入れ直す。
でも、やっぱりこの特訓は辛い。
俺もあっちの輪に入りたかったなぁ。
指を咥えて隣を見ていると、何やら難しい言葉が飛び交っている。
坪月商ってなんだ? 店の売上を、広さ(坪数)で割った数字? つまり『店の効率』ってことか。
梅ちえが休憩している隙に、桔梗の部屋を覗き込んだ。
英恵が売り上げを紙に書いて、計算している。
現在が平均、三十万くらいで、売り上げはそう悪くはないと言っている。
なんだ、たけだ屋が閑古鳥と思われて買収されるんじゃない──いや、違う。
売上がいいってことは、しっかりとした顧客がついているからだ。それはふく里にも言えることだ。
料亭と置屋の双方が持ちつ持たれつで、互いに協力し合って花柳界を盛り上げている。だからこそ、置屋を繁盛させた実績のあるたけだ屋が欲しいのだ。
ふく里はたけだ屋との絆があるからこそ、芸事を目いっぱい発揮できる。
桔梗も、英恵も、そしてふく里の芸者みんなが一丸となって、向島の花柳界を守ろうとしている。だったら、自分ができることは、完璧な半玉を演じることだ。
頑張ろう。とにかく、女性らしく振る舞えるよう、頑張ろう。そうだ、今度、師匠に女性らしい仕草を教えてもらおう。
彼女が見せてくれた、これまでの振る舞いや仕草を頭に浮かべた。
数分前までの不甲斐ない自分を反省すると、瑠生はメラメラとやる気を燃やした。
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