家鳴り
子供の頃、家鳴りのする古い家に祖母と両親と住んでいた。夏の昼下がり、風が窓から抜けると、蚊帳の外側の竹簀子がカタカタと揺れ、家全体がひそやかに唸るのが常であった。
ある日、母が台所で茗荷や葱を刻み始めた。とんとんとん、とまな板を鳴らし、ずいぶんとたくさん刻むらしかった。
祖母はいつものように縁側に座り、ラジオを聴いていた。しかし周波数が合わないのか、ザーザーという雑音ばかりで、どうにもよく聴き取れない。
祖母はつまみをくるくる回し、電波の位置を探してうんうんと唸った。束の間、民謡か何かが雑音に混じって聴こえるが、すぐにかき消される。苛立ったのか、祖母はゴム草履をせわしなくかかとに打ち付け、ペタペタと音を立てた。
二階にいた父が降りてきて、「どうもよくないな、良くないぞ」と言い始めた。
父は台所へ入り、母に薬味を刻むのをやめるように言った。
母は「お昼の支度をするんですから、お義母さんに言ってください」と応じ、刻む手を止めなかった。
次に父は縁側の祖母にラジオを切るよう求めた。
祖母は「これから漫才を聴くんだから、靖子さんに言っておくれ」と言って従わなかった。
さらに父は「ではゴム草履を脱いでください」と言ったが、祖母は「嫌だ」と言い張った。
日頃から母と祖母はいささか反りが合わず、父は手を焼いていたのだった。
座敷で腹ばいになって本を見ていた私は、台所と縁側の音が家の中でぴたりと重なるのを感じた。すると腹の下で畳が波打ち、私は半身を起こして外を見た。
欅にとまっていた蝉がじっと鳴いて落ちた。風はなく、欅の梢は静かである。家だけが揺れているのだと分かった。
心臓がどきどきと拍を打ち、鼓動が揺れに重なった。
「だから言っただろう」と父が叱る声がした。
母が炊事を終えると揺れは小さくなり、私たちは台所に集まって冷や麦を食べた。
その日の夜から、夜更けに天井から大きな足が降りてきて布団を踏むようになった。足は皆の布団を踏んだはずだが、母も祖母もとぼけて知らぬふりをしていた。
ペタペタ、とんとん、ザーザーというあの音は、今も夢に現れる。往来を歩いていて、ふと聴こえることもある。祖母のゴム草履と母の包丁、縁側のラジオの周波数だと分かる。
そしてあの古い家の震えと、布団に降りてくる足を懐かしく思い出す。あの足が猫の肉球のように柔らかかったことも覚えている。
私の家族は、あの夏の夜からしばらくの間、この奇怪な共鳴に悩まされ続けたのである。
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