第三章 712年に何が起きたか
時計の針を、大航海時代から八百年ほど巻き戻そう。
663年、倭国は朝鮮半島で唐・新羅の連合軍と戦い、壊滅的な敗北を喫した。白村江の戦いである。
この敗戦は、倭国に深刻な危機感をもたらした。唐が海を渡って攻めてくるのではないか。670年頃には、唐が倭国を討伐するという風聞が広まっていた。
672年、壬申の乱を経て天武天皇が即位する。天武天皇は、中央集権的な国家体制の構築を急いだ。律令の整備、都城の建設、そして——国史の編纂。
なぜ、国史の編纂が必要だったのか。
ひとつには、対外的な理由があった。唐は、朝貢に訪れる外国の使節に対して、その国の地理や「国初の神名」——つまり建国神話——を問うことを制度化していた。『日本書紀』には、実際に遣唐使がこの質問を受けたという記録がある。
国際社会において、「我々は何者か」を説明できなければならない。バラバラの部族の寄せ集めではなく、統一された歴史と神話を持つ「国家」であることを示さなければならない。
もうひとつには、国内的な理由があった。各地の豪族は、それぞれの祖先神話を持っていた。出雲には出雲の神話があり、筑紫には筑紫の神話があり、大和には大和の神話があった。これらをひとつの体系に統合し、天皇を頂点とする秩序を神話的に正当化する必要があった。
712年、『古事記』が完成する。720年には『日本書紀』が完成する。
『日本書紀』は、当時の国際語である漢文で書かれた。中国の史書の形式に倣い、編年体で記述された。これは明らかに、外国人が読むことを想定した史書だった。
記紀の編纂は、バラバラだった神話群を、ひとつの統一されたストーリーラインに組織する作業だった。高天原の神々から地上の天皇へと至る、一本の系譜。天津神と国津神の関係を明確にし、国土がいかにして現在の支配者の手に渡ったかを説明する、首尾一貫した物語。
私はこれを、「神話の軍事化」と呼びたい。
軍事化とは、バラバラだった要素を組織し、指揮系統を明確にし、外敵に対抗できる形に整えることだ。記紀の編纂者たちは、日本列島に散在していた神話群に対して、まさにこの作業を行った。
物語の森を、整然とした庭園に変えた。
しかし——ここが重要なのだが——物語の森の、木々を切り倒したわけではなかった。
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