Episode 5. 第五章 執事と訓練場
翌朝、私は早く目を覚ました。
昨日の出来事を思い返す。
――あの人は、かなり頼れる味方に見えた。
失う理由はない。
だから、私は訓練に通うことに決めた。
レイが言っていた場所。
首都の外れの原っぱ……お気に入りの酒場の近く。
首都の外れ?
少し遠すぎないだろうか。
私は侍女たちを呼んだ。
「……あの。首都の外れにある酒場について、知っている?」
直接聞くのは、さすがに間抜けだと思ったが、他に方法がなかった。
「酒場ですか? 外れの……ああ、もちろんでございます、お嬢様。
静かに向かわれますか?」
「ええ」
「かしこまりました」
双子の侍女を完全に信用していいのかは分からない。
だが、彼女たちは誰よりも“姫の人生”を知っている。
それは、今の私にとって大きな助けだった。
私は目立たない馬車に乗せられた。
とても皇女が乗っているとは思えない、地味なものだ。
それでも、不思議だった。
護衛もいない。
誰にも気づかれず、簡単に城を出られた。
不安が胸に広がる。
もし、これが現実じゃないなら……
どうして、私はこんなにも緊張しているの?
馬車は
私は裏手に回り、そのまま歩き続ける。
原っぱは、すぐに見つかった。
そこに――レイがいた。
彼は、私に向かって手を振る。
「遅刻しなかったな。……本当にお前か?」
――違う。
そうは言わなかった。
「じゃあ、始めよう」
原っぱには、私以外にも数人いた。
互いに模擬戦をしている。
皆、見るからに荒くれ者だ。
……その中に、一人。
ガスト?
なぜ、彼がここに?
まさか――わざと、知らないふりを?
「さっきから、ずっとガストを見てるけど?」
レイが、面白そうに言った。
「……ううん。なんでもない。
訓練しよう」
正直、気が進まなかった。
剣の訓練――それも、レイが相手。
間違いなく、十倍は強い。
しかも、私は“元のレジーナ”の技を失っている。
一撃で終わる未来しか見えない。
「始めるぞ」
彼は、木剣を差し出した。
――ふと、思い出す。
幼い頃、森の近くで拾った棒で、
苛立ちを込めて、ひたすらイラクサを叩いたこと。
……同じだ。
考えず、振る。
私は、剣を振り下ろした。
「レジーナ、目を狙うな。
俺を海賊にする気か?」
レイは笑った。
正直、狙ってすらいなかった。
恥ずかしい。
「その……」
「なに?」
私は、思い切って言った。
「……私、記憶を失ったの。昨日」
「へえ、それはよくある――
……は?」
彼は止まり、私を見る。
「モンスターを見たのは覚えてる。
それから……」
「どのくらいだ?」
まるで、日常会話のような口調だった。
「……自分が皇女で、姉がシマだってことだけ」
「俺と会った後か?」
「……うん」
本当は違う。
でも、そう言うしかなかった。
「……タイミング悪いな」
レイは頭を掻いた。
「だが、黒幕の心当たりはある。
全部、最初から説明する」
……軽すぎない?
「戦いも、そこまで下手じゃない。心配するな」
変な人だ。
そこへ、ガストが近づいてきた。
「レジーナ! 大丈夫か!? 昨日の後で――!」
ほとんど叫び声だった。
「うん、平気」
「嘘だな」
レイが割って入る。
「記憶喪失だそうだ。
モンスターが原因らしいが……俺は、お前だと思ってる」
「は!? 俺!? 何を――」
ガストは、私を見て言葉を失った。
「いい。お前は仕事をしただけだ」
レイは溜息をつく。
「俺たちの仕事は、彼女の記憶を取り戻すことだ」
「……分かった」
ガストは私を睨む。
「城では俺が守る。
外では、レイ。
約束を破ったら――俺が殺す」
怒りが、はっきりと滲んでいた。
「了解」
「ところで、新しい依頼は?」
「あるに決まってるだろ」
ガストは目を逸らした。
「ある伯爵だ。私怨だろうな。
だが、報酬は破格だ。
ギルドの連中を飢えさせるわけにはいかない」
……この三人、
仲間――いや、友人なのかもしれない。
訓練が終わり、
他のメンバーは帰っていった。
ガストは、私とレイを酒場に誘った。
中は、酒と血の匂いが混じっていた。
不思議と、嫌じゃない。
ガストは、二杯分の酒を置いた。
「奢りだ、姫」
「俺は?」
「自分で払え、太陽ちゃん」
レイは文句を言いながら、酒を買ってきた。
……どうやら、前のレジーナは酒豪だったらしい。
「レジーナ。
お前は、俺たちの太陽だ」
「……え?」
「冷静で、計算高くて、遅刻魔で、
同僚と酒を飲むのが好きな皇女」
ガストは続ける。
「最高の傭兵だ」
「ギルドの長は俺。
副長が、お前とガスト」
レイが言った。
「……どうして、こんなことを?」
思わず、口に出た。
レイは笑い、
ガストは珍しく穏やかな顔をした。
「シマが皇帝になったら、逃げるつもりだっただろ。
俺たちも一緒だ」
「そのために、金を貯めてる。
俺は……家の借金もあるしな」
「普通に稼げばいいじゃない……」
「趣味だ」
ガストは、凄むように言った。
「シマは嫌いだ」
レイが言う。
「自惚れすぎてる。
皇帝に相応しいのは、お前だ」
「追放したいくらいだ」
「……ところで、ガスト。ブリは?」
名前を強調した。
ガストの目が、凶悪に光る。
今にも斬りかかりそうだったが、
深く息を吐いて、顔を背けた。
「……誰?」
「“誰”じゃない。“誰だ”だ」
レイは大笑いした。
「そのうち教えてやる」
帰りは、ガストと同じ馬車だった。
「……昨日、お前が驚いてた理由が分かった」
彼は、静かに言った。
「演技が上手いと思った。
だが……友達だ。
俺は、お前を裏切らない」
――友達。
私は、思い切って聞いた。
「ガスト……あなたは、本物?」
「……は?」
彼は固まった。
私は、抱きしめた。
……温かい。
「うん。本物だ」
涙が出た。
「な、なにしてる!?
気でも狂ったのか!?」
顔が赤くなり、青くなり、真っ白になる。
「死んだ?」
「死んでない!」
彼は窓を見つめたまま、口を覆った。
……次は、レイを確かめないと。
「一緒に訓練に通う。
その方が安全だ」
「しばらく、依頼は外す。
金は分ける」
「……そして、この話は誰にもするな。俺たちだけだ」
馬車は走る。
蹄の音。
焚き火の匂い。
胸が、軽い。
――離れないで。
私の、本物の友達。
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