鬱の現実を抜け出して異世界で暗殺姫に転生したけど、本当の愛と人生を探すだけ!
@Miritriaa
Episode 1.「追い出されたその夜、世界が終わった」
「これは、ただのゲームのはずだった」
髪の毛が、冷たい浴室のタイルの上に落ちていく。
一房、また一房。
不思議と、怖くはなかった。
むしろ、何かから解放されていくような感覚があった。
鏡の中に映っていたのは、知らない人間だった。
頬に触れ、唇に触れ、目を確かめる。
どれも自分のはずなのに、どこか他人のものみたいだった。
どんなに変えようとしても、
“喜び”と呼べるものは、もう戻ってこない。
――これは、ゲームだ。
――それか、悪い夢。
世界は霧に包まれていて、
本物なのは、私だけ。
周りにいる人間たちは、ただの背景。
プレイヤーが見ていない時、彼らは存在しているのだろうか。
「エフゲーニヤ! 今すぐドアを開けなさい!」
母の声が、扉越しに響いた。
ドアノブを乱暴に引き、叩き、無理やり入ろうとしてくる。
私は急いで床に落ちた髪を集め、ゴミ箱に捨て、ドアを開けた。
母は一瞬、青ざめた。
次の瞬間、怒りで顔を真っ赤にする。
「何をしてるの!? 汚らしい! 誰に似たのよ!」
彼女の手にはタオルがあった。
――叩く気だ。
でも、その瞬間、何かが切れた。
私は彼女の腕を掴んだ。
「触らないで。あなたは、私の母親じゃない」
空を切る音。
タオルが振り下ろされる。
歯を食いしばった。
怖いからじゃない。怒りのせいだ。
「私の母なら、絶対に私を叩ったりしない」
「あなたなんか、娘じゃない!」
「産まなきゃよかった!」
「どうせ、進学試験も落ちたくせに!」
――止まった。
確かに、私は落ちた。
試験のミスで、第一志望には届かなかった。
でも、それは“本当の世界”での話だ。
ここは、違う。
私は何も言わず、部屋に戻り、ドアを強く閉めた。
壁が震えた気がした。
でも、背景キャラに恐怖なんてあるのだろうか。
その日、私は夜まで空を見ていた。
本物に感じられたのは、空と水だけだった。
雲は、川のように流れていく。
私は水が好きだった。
水の中にいる時だけ、ちゃんと「生きている」と感じられた。
長い時間、湯船に浸かっていると、彼女は必ず怒鳴った。
何をしても、怒鳴られた。
――いつから、私はこの世界にいるんだろう。
――どうして、こんな場所なの。
翌日、彼女は私に「妹」の世話を命じた。
一歳くらいの女の子。
私の“本当の記憶”には、存在しない子だった。
私は耳に綿を詰め、泣き声を遮りながらスープを作った。
しばらくすると、子どもは人形で遊び始めた。
鍋を火にかけたまま、私は浴室へ向かった。
熱い湯。
入浴剤。
包み込まれるような温度。
目を閉じる。
次に目を覚ました時、
ドアが壊れる音がした。
「エフゲーニヤ!!」
部屋には医療服の人間たちがいた。
母は泣き叫び、床に崩れ落ちる。
「分かってるの!? あなたが何をしたか!」
分からなかった。
スープが倒れ、
熱湯が、子どもにかかったのだという。
「あなたのせいよ!」
首を掴まれ、激しく揺さぶられる。
「全部、あなたのせい!」
医者たちが彼女を引き離した。
私は何も言わず、自分の部屋に戻った。
――私が、悪役?
――このゲームの、ラスボス?
その日の夜、私は追い出された。
荷物を投げつけられ、ドアが閉まる。
行く場所は、どこにもなかった。
夜通し、広場を歩いた。
その時、奇妙な老人が目に入った。
彼は、私を見て立ち止まった。
「……お前のものだ」
拒否する間もなく、
腕にお守りを巻き付けられ、彼は消えた。
――バグ、かな。
翌朝、眠れないまま仕事に行った。
夜、同僚の家に泊まることになった。
そして――
見知らぬ家の浴槽で、温かい湯に沈みながら、私は思った。
――目が覚めたら、全部終わってる。
そう、信じていた。
でも。
それは、間違いだった。
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