やまびこ
城堂藍
短編
「あー痛ッてぇ」
空を見上げている。どうやら仰向けで倒れている様だ。体を動かそうとするが落下した衝撃が体に響いて動かない。口から愚痴がこぼれる。
「クソっ最悪だ。どうして俺がこんな目に……」
*
鈴木裕司は、趣味の登山を謳歌していた。
黄色いジャケットに灰色のレインパンツ、バックパックを身につけ完全装備で一歩一歩踏みしめながら山道を登っていく。
ある程度登ると周りを一望できる景色のいい場所に辿り着いた。近くにあった備え付けのベンチに腰掛け休憩する。
事前に買っておいたおにぎりを頬張る。
ただのコンビニのおにぎりだが普段とは格別だ。
これこそ登山の醍醐味だと思う。
昼飯を済ませ、出発しようとしたその時、どこからか声が聞こえてきた。
聞き分けようと耳を澄ませる。
――けて……助けて
その声は助けを求める声だった。
「大丈夫ですか!」
声のする方に走って向かう。
どんどんと山道から外れて行く。
その時だった。
――ガッ
「うわっ!」
足を踏み外した。小さな崖になっていた様で、走っていた俺は気付けずそのまま落下した。
視界が暗転する。
*
そんなこんなで俺はこの場に倒れてる。
背中に背負っていたバックパックがクッションになってくれたお陰で頭を打たずに済んだ。
少し経つと体も動く様になってきたので起き上がり今の状況を把握する。
地面に落ちたスマホを拾い上げる。
ポケットから発射され地面に叩きつけられたそれはバキバキに画面が割れていて電源も入らない。
先ほどまで聞こえていた助けを呼ぶ声も気づくと聞こえなくなっていた。
もしかすると誰かがイタズラでやっていたことかもしれない。そう思うととても腹立たしい。
俺はまんまと騙されたようだ。
「ダメだ……」
山道に戻るために崖を登ろうとするが地面が滑って登りようがない。
仕方がないので登ることを諦め、迂回して山道に戻る事にした。
道無き道を進んでいく。しかしどれだけ歩いても一向に山道に辿り着く気配がない。
スマホが壊れているので確認しようがないが日の落ち様を見るところだいぶ時間が経っているのは間違いないだろう。
嫌な予感がしたユウジは引き返そうとしたがそこには道などなくただ遠くまで木々が生い茂っているだけだった。
ここに来て事の重大さに気がついた。
「遭難したのか……」
助けを呼べないかと思いスマホをポケットから取り出すが何度見たところで変わることなどなくスマホは完全に壊れている。
「クソッ……」
自責の念に駆られスマホを地面に叩きつける。
ユウジは途方に暮れ、その場に膝を抱えて座り込んだ。
すると何処かしらから着信音の様な音が聞こえてきた。
顔を上げて周囲を見渡すと、どうやらその音は床に転がったスマホから流れているものだった。
「壊れてるはずじゃ……?」
恐る恐る拾い上げるが言わずもがな画面は割れていて真っ暗なので操作が効かない。
ユウジが慌てふためいていると何故か鳴っていた着信音が止まりノイズの後に人の声が聞こえてきた。
「――もしもし……聞こえますか……?」
運良く誰かと通話が繋がった様だ。
「しめた!これなら助けを呼ぶ事ができる」
ユウジは藁にもすがる思いで相手に話しかける。
「どなたか分かりませんが助けてください!」
「そんな慌ててどうしたんですか?」
「遭難したみたいで助けを呼んで欲しいんです。」
そう言うと相手は少しの間、黙り込むとばつが悪そうに言う。
「……悪いですが助けを呼ぶことはできません」
「どうして」
「それは……私も遭難しているからです……」
「は?」
どうやら通話の向こう側にいる人も遭難している様だ。
「俺の名前は鈴木裕司だ。君、名前は?」
「高尾六花です」
二人は簡単な自己紹介を済ますと本題に入る。
「それで高尾さんはどこで遭難してるんです?」
「私は森の中です。登山中に道に迷ってしまって。鈴木さんは?」
「……全く同じです」
ユウジがそう返すとリッカが面白おかしく言った。
「ふふっ、もしかしたら私たち案外近くにいるかもしれないですね」
確かにそうかもしれない。もう既に何度かすれ違っている可能性だってある。そう考えるとさっきの声が引っ掛かる。俺は確認の為に一つの質問を投げかけた。
「助けを呼ぶ為に叫んだりしませんでした?」
「してないですが……それがどうしたんですか?」
「先程、女の人の声で『助けて』と聞こえたんでてっきりそうかと」
「なんですそれ、めっちゃ怖いじゃないですか」
やっぱアレは誰かの悪戯だったのだろうか。
「実は俺、その声に釣られて遭難してしまったので貴方のものなら近くに居ると思ったんですが……」
「えっ声について行ったんですか!」
リッカは明らかに驚いた声を上げる。
「『助けて』なんて聞こえたら誰でも行くのでは」
「いや、行かないよ!怪しいもん!」
「なんでだ?困ってる人がいたら助けるだろ」
ユウジはごく普通のことのように声色ひとつ変えずに言った。
「……貴方だいぶ変ですよ」
「そうかな?」
「そうですよ!」
そんなたわいのない話をしていたら落ち着きを取り戻すことができた。
「うーん……」
ユウジが考えているとリッカが話しかけてくる。
「どうしたんですか?」
「何か助けを呼ぶ方法がないか持ち物を見てたんだ」
「それで何か思いつきました?」
「よくぞ聞いてくれました」
そう言ってユウジはライターを取り出して掲げた。
「ライターで狼煙をあげるんだ!」
「狼煙?」
「森の中だからね、枯れ木や落ち葉には困らない。だからそれらを燃やせばできるんじゃないかと思って」
「確かに良いですねそれ。私もやろ」
そう言うと二人は狼煙を上げるための燃料集めを始めた。
ユウジは木の生えていない少し開けた空間で一箇所に枯れ木や落ち葉を集める。
「ふぅ、こんなもんでいいだろ」
小さな山になるくらいには集まり、全てが整いあとは火をつけるだけだ。
――ポタッ
その時、頭に冷たい感触がした。
嫌な予感がした。
ここまでやってそれはないだろ。この時ほど鳥のフンであって欲しいと思ったことはない。
ザ――
「うわっ!やばい!」
頭に落ちた液体を確認する間もなく雨は本格的に降り出した。
「どうしました?」
慌てているとポケットに入っている通話が繋がったままのスマホからリッカの声が聞こえた。正確には画面の操作が効かないので通話を切る方法もないのだけれど。
「雨が急に降り出して、そっちは降ってない?」
「えっ……あっはい!こっちも降り出しました」
どこか様子のおかしいリッカの反応が気になったが今はそれどころではない。
いまは一刻も早く雨宿りできる場所を探さないと。
ひたすら足を動かして進み続ける。
レインウェアを着ているし、靴も防水なので体が濡れることはないが雨によって気温が下がり出した。
このままでは体が冷えて低体温症になる恐れがある。
今はひたすら体を休められる場所を探すしかない。
「はぁ……はぁ……」
息が切れ始めてきた。足取りが重くなり始める。
雨のせいもあるが空がだいぶ暗くなり始めた。
色々あって時間を確認するのを忘れていた事に気づいたユウジは慌てて腕時計を見る。
「18時36分……」
絶望し初めていた矢先、奇跡が起こった。
「あ……あれは」
そこには小屋が建っていた。
木で作られた小さな小屋、老朽化しているが雨風を凌ぐことはできそうだ。
ユウジが小屋の中に入ろうとすると、リッカが急に止めてきた。
「辞めときません。罠があるかもしれないですし」
「罠?今はそんな事言ってる場合じゃないだろ」
「だって危険じゃないですか。それに誰かの所有物かもしれないのに勝手に入るのは駄目だと思いますし。やめましょうよ、ね!」
ユウジはリッカの言葉に耳を傾けることなく小屋の中へ入っていく。
部屋の間取りは片側に窓が一つ付いているだけで三畳ほどの広さ。
「ん?」
ユウジは部屋の端の方に何かあることに気づく。
暗くて見えないが多分こうゆう状況の時の為の備蓄でも置かれているのではと少し期待して近づく。
「うわああああっ!?」
ユウジは後ろに飛び上がり、尻餅をついた。
そこにあったのは、死体だった。
人の死体、と言っても相当時間が経っている様でもう顔を判別できないほどに肉が溶けて白骨化している。
服装を見るに俺と同じ登山中の遭難者なのだろう。
膝の部分が破けているので多分この傷が原因で力尽きてしまったのだろう。
「もしもし。高尾さん聞こえますか」
死体と二人きりはいくら何でも怖すぎるのでリッカに話しかける。
しかしさっきから反応がない。
やっぱり、話を聞かずに小屋に入って行ったのがまずかっただろうか。
「俺が悪かったって。だから喋って……えっ?」
不思議のことが起きた。俺の声が聞こえるのだ。
何を言っているんだと思うかもしれないが自分の声が二重に聞こえるのだ。一つは自分の口から、もう一つは――
死体の手元に目をやる。
脱力して床に放り出されている手元には携帯が抱えられていた。
今どき誰も使ってないような随分と古いガラケーだ。
そしてそこから自分の声が聞こえている。
そうだ。俺は今、死体が持っている携帯と通話が繋がっていると言うことだ。
「どう言う事だ……?」
ユウジが理解出来ず混乱しているとリッカが口を開く。
「見ちゃいましたか……」
「高尾さん!どうして貴方と繋がっているはずの通話がこの死体が持っている携帯から聞こえて来るんですか!?」
「繋がってるのはその携帯で間違ってませんよ」
「こんな時に揶揄わないでくださいよ。第一貴方の姿が見え無いじゃないですか!?」
リッカは低いトーンで言う。
「居るじゃないですか。目の前に」
「は?そんなわけ……」
もう一度、死体に目を向ける。
「そうです。私はもう死んでいます。その目の前にある死体こそ私です」
「っ……」
ユウジは少しの間黙り込む。
そしていつもと同じトーンで話し出す。
「そうか。辛かっただろう、こんなところで一人きりで」
リッカは驚いた声で言う。
「驚かないのかよ!幽霊だぞもっと怖がれよ!」
「まぁ、大分一緒にいたし今頃そんなこと言われても……」
「信じてないのか」
「いや、嘘だとは思ってないよ。これだけ証拠があるわけだし……でもさ姿を見たことなかった訳なんだし、幽霊だろうが人外だろうがどっちでもいいって言うか」
「ふっ、何だそりゃ。やっぱり貴方だいぶおかしいですよ」
リッカは小さく笑うとそう言った。
「またそれか。そんな変か?」
「はい。私から見てもだいぶ」
夜が更けてきて寒さがだいぶ厳しくなってきた。こんなオンボロ小屋に防温機能がある訳なく冷たい風が隙間から入ってくる。こんな状況で寝たら確実に死ぬだろう。
ユウジは眠気を飛ばす為にリッカに話しかける。
「登山好きだったの?」
「急に何ですか?」
「会話してないと寝ちゃいそうだからさ。話そうよ」
「……別に好きって程でもないです。友達と同じ部活に入ったらこれだったってだけで」
「登山する部活があるんだ。初めて聞いたよ」
「鈴木さんの高校にはなかったんですか?」
「無かったね、羨ましいな。その友達は登山好きなの?」
「そうですね。色々知ってたし、私にも自慢げに色々話してくれたしかなり好きだったと思いますよ」
寒さで手足の感覚が鈍くなってきた。
「高尾さんは入りたい部活無かったの?」
「テニスとかしてみたかったかな。でも登山部も悪くなかったですよ」
「やり残したことは?」
ユウジが質問をするとリッカは少し黙り込む。
そして満を持して口を開く。
「そりゃあ、沢山あるよ」
瞼が重くなる。途切れかける意識を持ち直そうと顔を叩く。
――パン
「よし!お前がやりたかった事全部俺が叶えてやる」
リッカは軽くあしらう様に言う。
「いいって。それにここから無事に帰れると思ってるの?既に満身創痍に見えるけど」
「やると言ったら俺はやるんだ。待ってろ絶対に俺が……」
耳鳴りが鋭くなり視界がぼやける。
そして――
俺の意識はそこで途切れた。
「あれ…ここは……」
「鈴木裕司さんもう大丈夫ですよ。貴方は助かりました。」
次に目を覚ますと俺は病院のベッドの上にいた。
警察の話によると、どうやら俺の意識がなくなった後女性の声で緊急通報が入ったらしい。
しかしその場所に向かってみると女性の姿は見当たらなく男性が一人倒れていて、近くには白骨化した死体があると言う謎の状況。
結局、女性の声に聞こえたあれは俺の声をオペレーターの人が聞き間違えたと言う事で幕を閉じたと。
「お前の好きな物、聞いとけばよかったな」
袋からお供え物を取り出し、墓に置く。
ユウジはリッカの墓の前に来ていた。
「通報してくれたのお前だろ。ありがとな」
病院で目覚めたあの日からスマホから声が聞こえることは一度もなかった。俺を助けたせいで彼女は消えてしまったのだろうか。
「大変だったんだぞ。警察には『あの死体は何なんですか』とか『女性の声で通報が入ったですが一緒ではなかったのですか』とかだいぶ長い間拘束されて、もう少し早くお前の所に来るつもりだったのにこんな遅くなっちまったよ。それにさ――」
幾度と話しかけようとも彼女の声が返ってくることはなかった。
「あっもうこんな時間か……それじゃあ俺はいくわ」
立ち上がり車が置いてある駐車場まで向かおうと歩き出したその時。
――またね
声が聞こえた気がした。
ただの風の音だったのかもしれない。でも俺には確かに彼女の声に聞こえた気がした。
俺はその軟い声にやまびこの様に声を返した。
「またな」
やまびこ 城堂藍 @kidou-ai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます