祝福呪いの付与師《エンチャンター》~銭河原ネロルの述懐~

たーたん

前編 銭河原ネロルの生業

 銭河原ぜにがわらネロルは付与師エンチャンターである。

 【祝福】を付与エンチャントできる世界でも稀有な存在だ。 

 

 どちらにせよ、銭河原ネロルの祝福は手に負えない。

 彼女に祝われた者は等しく呪われ、その末路には幸せが残らないからだ。


 それでも、銭河原ネロルは付与師である。


「誰にも見せない無防備な姿を覗き見る。なんとも欲深い話でござりやす。ならばその外套に誰にも気づかれなくなる祝福を。これで思う存分、人間の裏のウラまでお愉しみくらあさい。ああでも、あしのことは見ないでくんさいよ? あしはこれでも、うら若き乙女でありんして」


 曰く、透明人間になりたいと欲望を抱いた貴族は不可視の祝福を得た。その瞬間、どうなったのかは誰も知らない。家族による懸命な捜索が行われている。彼の屋敷では勝手に物が動いたり怪奇現象に見舞われ、幽霊屋敷として有名になった。


 銭河原ネロルは振り返らない。

 祝福を施した相手がどうなっても関与しない。

 彼女は彼女の使命に駆られている。



「相変わらず不幸で陰鬱な空気で淀んだ街で。さすがあしの故郷でござりやす」


 沼地帯を越えた先、湿気に包まれている小さな街に辿り着く。妄信的な因習に縛られ続ける街の姿は、五年の歳月が過ぎても変わっていなかった。ネロルは五年の間に大陸を練り歩き、祝福を施しながら一周し、出発点でもあるこの街に戻ってきた。 


「あしが帰ってきやしたよ。あしの力は十分育ちやした」


 残念なことに体は大して成長しなかったが、五年の月日は彼女の存在を忘れ去るには十分な時間だとネロルは考えている。喋り方も出会った人たちの口調を取り入れ真似している。訛りは一切ない。誰もネロルだと気づかないだろう。


「……さすがに首がなくなっちゃあ、あしも生きていけねえです」


 街の外れにある森の中。他人の手によってくり抜かれたような小さな広場の真ん中には断頭台があって、かつての名残か焦げ臭さが残っていた。風でも流されず、どんよりとした空気に張り付いたかのように残っている。


 沼特有の臭気がネロルの体を包み込む。薄い垂れ幕のような霧はいつかの記憶をなぞり、顔の無い人影になってネロルの目の前に現れる。

 足から腰へ、胸と腕は一緒に。ほんのりと体が熱くなってくる。白いぼやけた幻影の首が落ち、チリチリと足元が赤く揺らめき始めた。


 ネロルは目を閉じて思い出す。


 ――自分の体が炎で包まれている。不思議と痛みも息苦しさも感じなかった。一緒になって燃えている両親の絶叫が皮膚を焼く音よりも大きかった。特異な体のネロルは焼き死なず、縛りつけられていた縄が解け、炎の中から抜け出していた。双眸に映るのは轟々と燃える二つの影。声を発しなくなっても、ネロルの頭の中で叫び声は響き溶けることはなかった。


 二人を運ぶのは困難を極めた。いくら燃えて軽くなったとはいえ、小さなネロル一人が引きずるにはまだまだ重すぎる。それに様子を見に誰かが戻ってきても大変だった。捕まってしまったら、また同じように火を点けられてしまうだろう。

 逡巡した後、ネロルは二人を捨て置くことにした。いつかまた戻って来て、その時はちゃんとした墓を建ててやろうと決意して。ネロルは両親の優しい目が大好きだったので、形見として目玉をくり抜いて抱きかかえるようにしながら目的地もなく彷徨い始めた――



「だ、誰か居るの……?」


 は、と意識を外に向けネロルは、声が聞こえてきた断頭台の方をぼんやりと見やった。てっきりもう終わった後だと思っていた。そこにまだ首のついた影があることにネロルは興味を示した。


「これは失礼しやした。あしはただの付与師でございやすよ。ふらりと立ち寄っただけの流れ者ですのでどうかお気になさらず」

「エ、エンチャ……? そんなのいいから助けて!」


 ふうむとネロルは首を傾げながら近づく。

 ネロルの身の丈は子供のように低く、声のトーンも若い。小さな体躯を一回り大きく見せるブカブカのコートで身を包み、顎まで被ったフードのせいで表情は見えないが、中身はとうに成人した女である。


 歩くたびに足の指の間からぐっしょりとした液体が滲む。いい加減指もふやけてきて不快感を覚えてきたネロルは、ひょいと女の隣に腰を下ろす。乱雑にブーツを脱いぎ、靴の中に溜まった汚泥を外に出した。沼地に溜まったどす黒い泥の臭いは、鼻の奥にこびりつくくらい酷かった。思わずネロルもおえと吐き気を催す。


「うへへ。これは足の臭いでやんした」

「ちょっと何してるの! ちゃんとお礼はするから! 助けてくれるなら全財産を上げたっていい!」

「と言われましても……。手も首も錠で固定されてやすし、ちょっとした衝撃で上の刃がストンと落ちちまうかもしれやせんよ。一か八か触ってみやしょうか」

「――ひっ! ま、待って!」

「はい。あしはどちらでも構いやせん。ただちょっと靴の泥を落とさせてもらいやすね。臭いは……その、勘弁してつかあさい。路銀のない長旅でして、水もろくに浴びてねえんです」


 ネロルはそう言って反対のブーツも脱ぎ、溜まった汚れをボタボタと下に垂らす。


「ううっ、私は何も悪いことなんてしてない。ただ風を操れるだけなのに! あの女と同年代だけってだけで、どうしてこんな目に!」

「お困りの様子ですねえ」

「そんなの見てわかるでしょう! いいから早く助けてよ! もういやだ! ああああ!!」


 女の叫びに横に吹き飛ばされそうになるネロルは、フードの上から耳を押さえた。


「なんとも魂震える叫びでございやすね。わかりやした。あしの付与は対象につき一つまでの制約がありやして、なるだけご依頼主の意向にそった祝福をあてがいたいと思ってやす」

「な、なに……?」

「ああ――付与について疑問がおありなご様子ですね? ええ、ええ。付与と言えば、触媒と大掛かりな器具が置ける場所が必要ですからね、にわかには信じがたい、胡散臭い話でござりんすね。でも安心してつかあさい。あしの付与はいつでもどこでもなんにでも――」

「いいから……なんでもいいから早くして! 助かるならなんだっていい!」


 女の悲痛な願いに胸を痛めるようにネロルは立ち上がる。コートに付着した泥は乾燥してきて、叩くだけで砂埃が舞って汚れが落ちる。気分を良くしたネロルは、バンバンと体中を叩いて埃を落としていった。その真下にいる女は、頭に埃を積もらせながら何度もむせ返っている。


「助かりたいということで、承知しやした」


 ネロルは女の後頭部に触れ、「この女が助かり続けますように」と、新たな門出を祝うように念を込める。


 こうして女に【不死】という祝福が付与された。


「おめでとうござりやす。お姉さんは永遠の時間を、存分に満喫できるようになりやした。犠牲にしようとした連中に恨みの丈をぶつけるもよし、自由でござりやす。では、あしはこれで」


 誰かが近づいてくる気配を感じたネロルは、そう言い残すとそそくさと退散する。


「ちょっと! ねえ!? 私を置いて行かないで助けてええ!」


 夕暮れ時、覆面の男が縄を鉈で両断すると、吊り上げられていた肉厚な刃が無慈悲に落下する。がちゃん、と無機質な音よりも空気を切り裂いたのは、「痛い」と叫び転がる女の声と、暴風に巻き込まれる男たちの悲鳴だった。


「ああ、首がなくても生きられやしたね。勉強になりんした」


 ネロルは満足そうに頬を緩めた。また一人、祝福の付与で救った。その満足感は何度味わっても見悶えするほど気持ちがよかった。その他の被害者はいたようだが、ネロルにとっては些末な問題だった。


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