冠動脈の輪
水到渠成
第1話 冠動脈の輪
冠動脈は輪になっている。
心臓を囲むように、逃げ場を与えない形で。
循環とは本来、戻ってくることを前提にした運動だと、ここで初めて理解される。
私は自分の心臓を見たことがない。
触れたこともない。
それでも、そこに輪があることだけは確信している。
拍動が円を描くとき、思考は直線でいられなくなる。
冠動脈の輪の内側では、始まりと終わりが区別されない。
血液は出発し、同時に帰還している。
遅れも加速も許されず、ただ正確に、同じ距離をなぞる。
この輪の中にある感情は、外へ出られない。
喜びも不安も、外部に向かって放出される前に、拍動によって折り返される。
だから私は、強く感じることができない。
感じた瞬間に、それは戻ってきてしまうからだ。
医師は言う。
循環は生命の証だと。
止まらないことが重要なのだと。
だが輪である以上、止まらないことと、進まないことの差は曖昧になる。
私は同じ決断を、何度も行っている。
初めてのように感じながら、実際には、すでに通過した地点に戻ってきている。
選択は常に正確で、だからこそ新しくならない。
冠動脈の輪は、時間にも接続している。
昨日と明日は、ここでは隣り合っている。
未来は先にあるのではなく、すでに循環の一部として、背後から追いついてくる。
この輪から外れる方法はない。
切断すれば循環は終わる。
保てば、同じ拍動が続く。
生きるという行為が、どちらの選択も拒んでいる。
夜、胸に手を当てると、拍動がわずかに早まる。不安ではない。確認だ。輪がまだ閉じていることの。
冠動脈の輪は、私を生かしている。
同時に、どこにも行かせない。
冠動脈の輪 水到渠成 @Suito_kyosei
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