雨より静かな余熱 ――赤ペンと釉薬、ふたりの合図:赤ペンの癖で感情まで推敲してしまう編集者と、釉薬の青を層に沈める陶芸家が、雨の街で触れる前の合図を重ねて同居と合鍵に辿り着く

ヒトカケラ。

第1話 雨は紙を甘くする

閉店前の喫茶店で、私はゲラを膝に広げていた。赤字の線は乾いているのに、指先だけ湿る。窓の外の雨が街灯をにじませ、音だけが一定に続く。その一定が、紙の匂いを少し甘くする。


「相席、いいですか」


濡れた髪を耳にかけた女性が立っていた。傘から落ちた雫が床に暗い点を作り、その点が増えるたび、彼女がこの場に“触れている”のが分かる。


紙袋から出てきたのは、掌に収まる灰色の器だった。縁に薄い青が沈んでいる。受け取った瞬間、器の余熱が掌へ移った。陶器の温度なのに、誰かの体温の名残みたいに、逃げない。


駅までの傘の内側で肩が触れ、別れ際に指が一瞬だけ重なった。何も言えずに、ただ手が覚える。


雨より静かな余熱。

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雨より静かな余熱 ――赤ペンと釉薬、ふたりの合図:赤ペンの癖で感情まで推敲してしまう編集者と、釉薬の青を層に沈める陶芸家が、雨の街で触れる前の合図を重ねて同居と合鍵に辿り着く ヒトカケラ。 @hitokakera

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