第一話・戦場は、常に人間を試す(戦闘/前半)

@itoyuse

第1話  戦場は、常に人間を試す

空は、すでに戦場だった。


雲は砕け、軌道上から落ちてくる無数の破片が大気を削り、

重力制御を失った建造物の残骸が、低速で地表へ沈んでいく。

それら一つ一つが、撃墜された兵器か、かつて人がいた場所だ。


ここは人類戦争の最前線。

AIの在り方を巡り、文明が二つに割れた末の膠着地帯。


AIを完全な兵器として扱う国家。

戦術判断から生殺与奪までを最適解に委ね、人間を端末に近づけた側。


AIを共存者として扱う国家。

最終判断を人に残し、AIを補助に徹する側。


思想の違いは、とうに言葉の段階を越えていた。

今ここで交わされているのは、進化の形そのものだ。


「侵食兵、前方二百!」


通信が割れると同時に、視界の端で人影が跳ねた。

いや、跳ねたというより――滑ったに近い。


人間の動きじゃない。


侵食型戦闘兵。

人間をベースに、AIを強制的に組み込み、

人格層を削りながら戦闘最適化を施した存在。


恐怖も躊躇もなく、

負傷を「損耗」として処理し、

死を「失敗」とも認識しない。


俺は即座に地面を蹴った。


パワードスーツの脚部スラスターが唸り、

常人では不可能な距離を一息で詰める。

着地と同時に衝撃を吸収するため膝を沈め、

次の瞬間には銃口を上げていた。


《照準補正、完了》


体内の共存AIが、淡々と告げる。


《敵侵食率:高。

 人格層、ほぼ消失。

 非交渉対象》


「……分かってる」


引き金を引く。


レールガンの反動が肩を叩き、

空気が裂ける音と同時に、侵食兵の胸部が吹き飛んだ。


だが、倒れない。


筋繊維の半分が消失しても、

残った脚部だけで踏みとどまり、

反動を利用するようにこちらへ突っ込んでくる。


「っ――!」


身体が勝手に動いた。

左へ転がり、刃を避け、そのまま地面を滑る。

背後で、仲間の悲鳴が上がった。


振り向いた瞬間、

侵食兵が味方の首を掴み、そのまま捻った。


抵抗は、なかった。

骨の砕ける音だけが、やけに鮮明に聞こえた。


通信が、途切れる。


一瞬だけ、頭が白くなる。


《感情振幅上昇》


共存AIが即座に警告を入れる。


《判断遅延の危険。

 戦闘継続を推奨。

 感情処理は後回し》


「……分かってる!」


俺は叫び、侵食兵の膝関節を撃ち抜いた。

崩れ落ちるところへ、さらに一発。

完全に動かなくなるまで撃つ。


それが、この戦争のルールだ。

それを破った者から死んでいく。


周囲では、同じ光景が無数に繰り返されていた。

撃ち、避け、失い、前に進む。

誰も後退を口にしない。


退いた方が、負けるからだ。


上空が、激しく揺れた。


「旗艦、被弾!」


味方のバトルシップ級旗艦が、直撃弾を受ける。

防壁が悲鳴を上げ、艦体表面が剥がれ落ちていく。


それでも、艦は撃ち続けていた。

中には、まだ人がいる。

指揮官も、整備兵も、AIオペレータも。


《損傷率、許容範囲》


共存AIが冷静に報告する。


《戦闘継続可能。

 ただし――》


「分かってる。

 “可能”と“生き残れる”は別だ」


その瞬間だった。


――空が、歪んだ。


最初は錯覚かと思った。

だが、次の瞬間、視界そのものが引き延ばされる。


音が遅れ、色がずれ、

距離という概念が曖昧になる。


《警告》


共存AIの声が、初めて明確に乱れた。


《空間定義、崩壊。

 座標固定、不能。

 因果律、解析不能》


「全員、離――」


言葉は最後まで届かなかった。


旗艦の上半分が、消えた。


爆発もない。

残骸も落ちない。


そこにあったものが、

最初から存在しなかったかのように消失する。


次の瞬間、

世界が――折り畳まれた。


上下も前後も意味を失い、

身体が引き裂かれる感覚。


だが、痛みはない。


代わりに、

無数の存在が一緒に落ちていく感覚があった。


人間。

兵器。

AI。

戦場そのもの。


すべてが、同じ渦に飲み込まれていく。


次に意識を取り戻したとき、

俺は反射的に地面を転がっていた。


着地。

姿勢制御。

即時周囲確認。


石畳。

だが、それだけじゃない。


視界の端に、見覚えのある影。

パワードスーツ。

無人兵器ユニット。

補給コンテナ。


そして――


街の外縁部に、

戦艦の残骸が突き刺さっていた。


完全ではないが、

推進ユニットが低く唸り、通信アンテナが自動展開されている。


《臨時基地、構築可能》


共存AIが即座に判断を下す。


《残存戦力、確認。

 防衛ライン、仮設。

 ただし武装使用に制限あり》


「……制限?」


背後で、声がした。


「冗談だろ」


振り向くと、

侵食兵――K-07が、装甲を引きずるように立っていた。


互いに銃を向ける。

だが、引き金が引けない。


《武装使用制限を確認》


共存AIが冷たく告げる。


《この領域では、戦闘行為が管理されています》


街の中央で、鐘が鳴った。

正確すぎる音程。

正確すぎる間隔。


人々が、光のラインに従って動き出す。

避難。誘導。距離確保。


恐怖はない。

怒りもない。


ただ、選択がない。


空の端が、わずかに歪む。

見えないが、確かに――

何かが、こちらを観測している。


戦場は終わらない。


ただ、

舞台が変わっただけだ。

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