第3話:殲滅
市場は、ある瞬間から「壊れている」のではなく、「存在していない」状態になった。
取引画面は表示される。
商品一覧も、価格も、ログも残っている。
だが、成立しない。
注文は通らず、入札は反映されず、メッセージは相手に届かない。
闇市場という器だけが残り、中身がすべて抜き取られたようだった。
管理者たちは復旧を試みた。
バックアップを呼び出し、別系統のノードを立ち上げ、代替ルートを探す。手慣れた作業だった。これまでも、何度も似た事態はあった。
だが今回は違った。
接続できるノードが、存在しない。
生きているはずの中継点は、すでに沈黙しているか、最初から登録されていなかったかのように振る舞った。
「まだ残っているはずだ」
誰かが言った。
それは希望ではなく、癖だった。
数時間後、連絡が途絶えた。
管理者の一人が消えた。
正確には、アカウントが沈黙した。次に、仲介を専門にしていた連中。さらに、売り手側の中核を担っていた数名。
拘束された、という情報もあった。
失踪した、という噂も流れた。
どれも確証はない。だが、共通しているのは、彼らが二度と戻ってこなかったことだけだ。
速度が異常だった。
国家同士の情報共有が追いついていない。
諜報機関が把握する前に、闇の拠点が消える。
外交チャンネルが事実確認を終える頃には、対象そのものが存在しなくなっている。
誰かが言った。
「勝った国が分からない」
それはつまり、負けた側も分からないということだった。
闇の世界では、敗北とは通常、交渉の始まりを意味する。
身代金、条件、譲歩。どれかが提示される。
だが、今回は何も来なかった。
要求がない。
声明がない。
威嚇すらない。
ただ、消える。
市場の区画が一つ消え、次に全体が沈黙し、最後に記録が意味を失った。ログは残っているが、それを参照する主体が存在しない。価格は表示されているが、支払う相手がいない。
闇は、止まったのではなかった。
完了したのだ。
私は端末の前で、しばらく何もできずにいた。
恐怖はなかった。混乱も、怒りも、思ったほどではない。
ただ、理解できなかった。
ここまで徹底した排除は、報復ではない。
見せしめでもない。
支配ですらない。
もっと根本的なものだ。
彼らは、闇を「敵」として認識していない。
「犯罪」としても見ていない。
ましてや「市場」などとは思っていない。
存在してはいけないもの。
あるはずのないもの。
定義の外にあるもの。
だから、裁く必要がなかった。
闇は、裁かれたのではなかった。
定義ごと、削除されたのだ。
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