第3章 a spring tempest【青白い光】

露木と知り合ってから、三週間が過ぎた。

三週間の間にはゴールデンウィークがあり、俺は勉強とバイトに遊びに勤しんだ。


バイト先には露木がふらりと現れ、ドーナツとコーヒー片手にイートインをし、俺の勤務時間いっぱい勉強をしていた。


帰りは俺の家まで送り、人がいないのを確認すると、首に薬を塗って帰った。自分で塗るから、薬を寄越せと何度か交渉したが…


「駄目だ」


としか言わず取り合ってくれなかった。


遊びは柏木の彼女の友人とカラオケ、ボーリングと楽しんだが、露木も着いてきた。女子は秦野派か露木派と別れていたようだが、俺の狙っていた子は露木とラインを交換していてイラついた。

 

邪魔だ…。


邪魔なはずなのに、露木がバイト先に現れない日が一日だけあった。休みの最終日だ。俺は、勤務時間いっぱい寒気や、冷や汗に襲われた。


財布を無くした事はないが、似たような気持ちだ。ラインを送るか?

なんて送るのか。


「今日は何で会いにこない」


いやいや、気持ち悪いだろ。打ちかけた文章を勢いよく削除した。俺は、勤務を終えると立ち漕ぎで、逃げるように家に帰った。


**


「おはよう、秦野」


ゴールデンウィークが終わった登校日の朝、露木は玄関の前で立っていた。驚く程いい姿勢でジッと俺を見つめる。


切れ長の目が引き立つ美しい顔立ちだが、顔を見た瞬間安堵と共に苛立ちが湧き上がった。


「はあ?お前、昨日何にも連絡なかったな?おはよう。じゃねーよ」


「すまない、昨日は…人数調整のために準備をしていたんだ」


「人数調整?女子との集まりのか?」


「まさか。将来のための人数調整だ」


将来?何言ってんだ。将来って嫁候補の人数調整か?こいつ尽くムカつくな。


俺に付きまとうくせに!昨日は連絡を寄越さなかった上に、女子の人数調整かよ!

いいご身分だな。


言葉が腹からマグマのようにフツフツと湧き上がってくる。車酔いしてるのに、ゲロを我慢している時のようだ。あぁ、イライラする。


なんで電話ひとつ寄越さなかったんだ。あの時ラインを交換した女と電話でもしてたんか!?もうだめだ、我慢できない……!!

 

「俺と人数調整どっちが大切なんだよ!?」


露木は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐ冷静さを取り戻し、俺の学生鞄を奪った。そして何も話さない。あぁ、俺は何を言っているんだ。


死にてぇ……恥ずかしい。


戦隊ヒーローの決め台詞を一人でひっそり練習していたのをお母さんに見つかった時くらい恥ずかしい。


「お前に決まってるだろう?」


それも持ってやるから。と俺の弁当箱が入った鞄も奪った。


「ごめん、何も言わないでくれ……。お前からまだ、鱗の詳細を聞けていないのに、急に居なくなったから不安だったんだ」


「あぁ、お前は急に近親者が現れて心身のバランスが取れていないんだろう。昨日はすまなかった、神庁の呼び出しで一日中上にいたんだ」


「上?」


「あぁ、神庁だ。神庁の人数調整の部署は上にある」


「お前さ、俺は何にも知らないんだぞ。結局鱗のことも」


「そうだな、今日はバイトないだろ。放課後に説明する。明日、明後日には嵐がくる。その前にな」


今日は一日露木がいる。それだけなのに、先程のイラつきは穏やかに引けていった。


**

 

「あー、やる気出なーい。テス勉も受験勉強もー」


クラスの女子が連休の出来事をペラペラ話し、行った場所のマウントを取りながら迫りくる大学受験の恐怖に嘆いていた。


「秦野くん、志望校は?」


「俺は、水山学院の指定校狙ってる」


「秦野くん成績いいから国立かと思った」


「受験勉強したくないんだよね。だからテスト勉強だけ乗り切って推薦で早々とリタイアしまーす」


「あはは、私何にも考えてないんだぁ。というか考えられない!五月病かな?」


女子とふざけた会話をしながら窓を見ると、風で窓がカタカタと震えている。


昼休みが終わる数分前、担任教師が教室に入ってきた。


「おー、みんな聞いてくれ。ゴールデンウィーク明け早々だが、午後は休校だ。これから暴雨風で、夜には交通機関が乱れるらしい」


教室はワッと喜びの声が湧いた。

遊んでないで、真っ直ぐ帰れよ〜と先生は言い残し、俺は突然の午後休に小さくガッツポーズをした。


「秦野」


露木が数秒もしない内に俺の目の前に現れた。窓に雨が打ち付けられている。いつもと違う天候と雨音は妙にこの男の美しさを引き立たせた。


よく見ないと分からないが、露木の目はまたパチパチと電線が渦巻いていた。


「おう、帰るか」


また荷物を奪われそうになったので、拒否をして教室を出た。

 

***

 

ザァァァァァァァァ――

ゴゴゴッ――

 

「結構降ってきたな。風やべー」


傘をさしているのに、横殴りの雨で身体は濡れてきている。気圧の変化からか、顳かみから脳天に向かってピリと痛みを感じる。


露木は、雨に打たれる度に呼吸が荒くなっている気がした。風邪引いてんのか?


「このままじゃ不味いな。急ごう。お前ん家、今日お母さんは仕事中か?」


言い終わる前に自分の傘を閉じると俺の傘を奪い、身体を近づけ腕を掴んだ。


「気持ち悪いな。近い。お母さんは今日は担当と打ち合わせで、夜まで帰らないはず」


「わかった、急ぐぞ」


***


自宅に着くと、露木は身震いをし濡れた身体から水気を払った。


「おいおい、犬じゃねーんだから…」


タオルを持って近づくと、異変に気がつく。露木の喉仏から下は白い鱗で覆われていた。


白い鱗に水滴が乗った場所は白から青に変わり、水分を含んで冷ややかに輝いている。


「星様…。お許しください」

 

一言静かに告げると、手に持っていた鞄を床にドサッと落とし、俺の目を捉えた。


その目は静かに放っていた電線の光とは違い、確実にパチパチと音を立てて電気が渦巻いている。


「許すも何も…お前…身体が…!」


露木の首から始まった変化は、パリパリと音を立てて侵食していく。制服で隠されているが、爪の生え際まで青白い鱗で覆われている。


かろうじて顔は人型を保っているが、頭には二本の尖った銀色の角が生えていた。


「正式な形ではありませんが、春の嵐に引っ張られて人型を保てなくなりました。お許しください」


メリメリッ……!バリッ……!!


布が敗れる音と共に、露木の背中の後ろに大きな尻尾が現れた。


「ああ、下履が破れてしまいました。お恥ずかしい」


露木は恥ずかしそうに、白く輝く尻尾を触っている。


「いやいや、恥ずかしがってる場合でもねえよ、お前…本当に龍なん…だな」


直視したくないが、目の前には人間の顔をした神々しい白龍が俺を見ている。白龍を見れば見るほど、じんわりと首が火照っていく。


痒くは無い。暖かく、身体中にじんわりと熱が伝わっていく。お湯に浸かった様な…安堵感まで感じる。


「星様も龍ですよ。それも特上の」


「俺は変化しないじゃん」


「星様にも引かれる天候や季節があります。そうですね、心配なさらなくてもすぐ…」


「というか、なんで急に敬語?さっきまで、お前とか言ってたじゃん」


露木はニコリと微笑むと、俺の項を触りながら囁いた。


「あれは、仮の姿です。星様と同じ人間の男子高校生を演じているのです。青龍の星様には無礼な態度ですが、お許しください」


美しい白龍に微笑まれると、身動きが取れない。聞きたいことは沢山あるのに、俺は後ずさりする事しか出来なかった。


「星様。今日本には春の嵐が到達しています。予定では、明日明後日のはずでした」


「だからなんだ」


「準備しておりました人数調整が始まります」


「だから、人数調整って…なんだよ」


リビングの窓に雨が激しく打ち付けられている。


 

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