とある少年の前髪について。

だいたいぶくふく

第1話


「うわぁぁああん…!」


 その日、弟が泣きながら家に帰ってきた。


 小学校に入学したばかりの一つ下の弟は、朝に家を出たときは学校を楽しみに向かったはずだった。


「あらあら、どうしたの?」


 ママが急いで弟の前にしゃがみ込むと、涙を手でふいてあげていた。

 ママの両手がべちょべちょになっている。


「ぼっ、ぼくのまえがみ、ひっく、へんだって…ひっく、おかしいって…、みんなっわらわれてっ、」


 なるほど。

 弟の前髪を見る。たしかにまゆげの上で、きれいに横にまっすぐ切りそろえられた前髪は、目立つかもしれない。


 小学校に入ったばかりの子は、目立ちたがりやで頭がくそガキばっかりなのだから、くだらないことで目立とうと騒ぎ立てるやつしかいないのだろう。


 くだらない。

 そう思ってママの顔を見ると、悲しそうな顔をしていた。


 その顔を見て、思い出した。

 入学式で友達ができなかった弟は、ママに相談していた。

 それから、友達ができるようにと昨日ママが、弟の前髪を切っていた。


「…ふん。どこが変なんだ。かっこいいじゃないか」


 泣き止まない弟にいらいらしてきて、つい大きな声が出た。


「ママ。ボクもこの前髪がいい」


 ママにそうお願いすると、泣きながら笑った。





 次の日、いつもよりはやい時間に、弟と手をつないで学校に行った。


 弟の教室について行くと、くそガキたちがにやにやと笑って指をさしてきた。

 弟はそれを見て、うつむいた。


「くそださい髪ばっかりだな」


 教室中に聞こえるように言ってやる。


 くそガキたちは、ボクが何か言ってくると思わなかったのか、おどろいた顔をする。

 弟も、くそガキたちと同じ顔でボクを見た。


 それからくそガキのひとりが、ボクに言い返してきた。


「だせぇのはお前らの前髪だろ!」


 はな水がたれた顔みたいなくそガキだ。


「お前、しらないのか」

「…なにをだよ?」

「昔、この町をまものから守った男の話だ。おとなはみんな知ってる」

「はあ? しらねーよ! …どんな話か聞いてやる」


 大声を出していたくそガキが知りたがったので、教えてやった。

 昔、たくさんの魔物に町がおそわれて、それをくい止めたひとりの男の話だ。


 話しているうちに、あとから教室にやってきた他の子たちも聞いていた。

 最初から聞きたがった子もいたので、なんどか最初から話してやった。


「その男と、同じ前髪なんだぞ。だからおとなは、ボクたちがこの前髪にするとよろこぶんだ」


 教えてやると、後からまわりの子といっしょに話を聞いていた女の子が、「あっ」と声を出した。


「きのうタケダ先生が、ミナセくんの前髪ほめてた!」


 そのひと言で、教室にいるみんなが話しだした。

 「同じ前髪にしたい」と言ってる声も聞こえた。


「……わるかった。そんなすごい人と同じ前髪だってしらなかったんだ」


 はな水をたらしてそうな顔のくそガキがあやまった。

 そのあと、まわりのくそガキもあやまった。

 弟の背中を押してやる。


「いいよ。そのかわり、ぼくの友だちになって!」

「…お前、いいやつだな」


 弟は、くそガキたちと笑い合った。

 それを見てボクは、しずかにボクの教室に向かった。





 学校から帰ってきた弟は笑って友だちができたことを、ママに報告していた。

 ママはやっぱり泣きながら笑っていた。



 弟がおふろに入っているときに、ママがボクに話しかけた。


ゆうありがとう。あおいが楽しそうに教えてくれたわ」


 頭をなでられる。

 あたり前のことをしただけだが、わるい気分じゃなかった。


「…………ところで。町を守った勇者と同じ前髪なんですってね? 大人はみんな知ってるそうだけど、初めて聞いたわ」

「だってぜんぶ嘘だもん」

「あなたって子は……」


 町を守った男の話は、だれかに聞いた話だ。町じゃなくて村だったかも。

 でも、髪がどんなのかは知らない。知るわけがないし、ボクはそんなことどうでもよかった。



「みんな初めて聞く話なのに、嘘だって気づかないなんて、みんなバカだよね」



 ママはボクがそう言うと、こんどは泣かずに笑ってくれた。



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