第14話 エピローグ(堺屋の日常)


「あいつ、病院代ちゃんと返すって言うてんぞ。」


 チーフが表の揚げ物カウンター内で油を交換しながら、少し驚いたように言った。

 そうなのだ、三重子さんが無理やりホアンを入院させた治療費&入院費は堺屋主要メンバーでカンパしたのだった。貧乏ウエイター&ウエイトレスと薄給で雇われている板前さんたちのカンパはそれほど多くはなかったはずだが、三重子さんがかなり値切ったらしい。医療費がバカ高いアメリカで保険が効かない上に、宿泊施設のないクリニックで無理やり入院させていたのだから、確かにあの医者の言うとおり無茶苦茶だ。


「返さなくても大丈夫」

 劉さんが顔の前で手を振りつつ、堺屋メンバー全員の気持ちを代弁した。

「そうや、そう言うたんやけどな。何か律儀にそういいよんねん。」

 ホアンの株がますます上がっていくようだ。

「まあ、本人の好きにさせたらいいんじゃない。返してもらって北さんの車に日本で流行っているっていうシートカバーでも買ってあげれば。車が無事戻ってきたお祝いに、どう?」と三重子さん。


「そうやな、北くんが一番被害こうむったわけやし」

 またもやチーフの頭からオレが抜けている。

「えっ、オレには…何にもないんですか?」思わず口にしてしまった。あさましいオレ。

「何や、お前は金をもらいたくてホアン達を助けたんか?」

 やはり逆襲にあってしまった。言わなきゃよかった。

「いや、そんなことないです」

「じゃあ、ええやんけ。大体、お前今日はシフト入っとったか?」


 さらにチーフに痛いところを突かれてしまった。今回の騒動で結構休んでしまったオレは、居場所が無くなると困るから…とシフトが無いのに出てきたのだ。


「そうよ、何であんた来たの?新しい女の子が入ったから見に来たんでしょ?」


 三重子さんに止めを刺されてしまった。この人はオレの隠したい事柄については妙にするどい。その通り、かわいいと評判の新人の女の子を早めにチェックしようと来てしまったのだ。


「いやあ、オレがいないとみんな寂しいんじゃないかと思って」

 それでもなお、ごまかそうと上目遣いにそういったのだが、逆効果だった。

「何、気持ち悪い!じゃあ、あんた、後お願いね」


 それだけ言うと三重子さんは店を出ていった。お茶屋さんにでも顔を出しに行ったのだろう。「褒められ」欠乏症のオレはホアンほど強くない。いつかグレてやる。出て行った三重子さんの後姿を睨みつつ、店のガラス越しにベンチに目をやった。


 そこにいつも座っていたはずのマリアはいない。もちろん行方不明ではなく、誘拐されたわけでもない。さらにはオレとパンが目撃した(そう感じた)ように天国へ戻って行ったわけでもなかった。今回の騒動の間に犯人扱いされた例の日系のお役人さんがお茶屋のおばさんから詳しい話を聞いて、何とかマリアを学校へ通えるように手を尽くしてくれたらしい。『あの犯人』扱いしてすいません。堺屋に来たら大盛りサービスするから許してね。


 そういえば、あのラーメン屋の息子 ― あいつはすごく残念がっていた。言ってなかったけど、彼はもうすぐ30を越えるそうだ。源氏物語の紫の上の話まで出してきて自分の愛の正当性を主張していたけれど、オレにはやっぱり理解不能だ。十歳くらいの幼い天子と三十過ぎの「オタク」のカップルはアニメの世界だけで、リアルなロサンゼルスでは「かどわかし」の罪で捕まってしまう。まだヘッドホンは外せない臆病で未熟な天使だしね。


 信心深いパンはマリアのことを本当にマリア様の生まれ変わりのように話していたけど、聖書を読むどころか見たこともないオレにとってはよくわからない。でも今回の事件でホアンとマリアがこの『天使の町』で普通に暮らせるようになったのだから、マリアがオレのおにぎりを奪ったことも、もしかしたら天使の行く末を心配した神様の計略なのかも…。


 あれだけしつこくホアン兄妹を追い回したホセは、アミーゴ州裁判官パンの判決でどうにか命だけは助けられた。市中引き回しの上、所払いという刑が執行され、メキシコへの強制送還となった。軽いようだけど、ホアンに相当痛めつけられたし、ホセ自身、国で何かへまをしてロサンゼルスに逃げてきていて、強制送還されれば生命の危険すらあるらしい。そんなこと知ったこっちゃあない。あんな奴には神のご加護のないことを。


 今日は暇な上に、ウェイターの数がいつもより1人多い。(そうです。オレが余分です)手持ち無沙汰なのでキッチンでもちょっと手伝おうかと思いキッチンに行くと、ホアンがオレに気付いて何か言いかけた。しかしホアンの真剣な表情にビビッてしまって「まあ後で」とかわし、不自然だったけど店に戻ってきた三重子さんに声をかけながら逃げてしまった。

 ホアンの苦労話はオレの未熟な感情システムを超えていて、いっぺんには処理しきれない。次のややこしい話はせめて何ヵ月後かにしてくれと思いつつ、皿を洗っているホアンの横顔をのぞいた。

 1,2ヶ月かかるといわれた背中の傷は2週間ほどで何処に傷があったのだろうかと思うほどきれいに治ってしまった。「やっぱりアミーゴは人間を超えとるな」と北さんにからかわれている。

 あの皿洗いユニフォームの野球帽をかぶり、手馴れた様子で皿や丼をテキパキと洗いながら、今年惜しくも優勝を逃してしまった虎チームの来年に向け、オレが教えた応援歌の最初のフレーズを口ずさんでいる。


 ♪ローコーオーローシニーサーソーオートー…



 ― END ―

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