第1話 サンタモニカの眩しい光

 眩しい太陽。目に肩につま先にスペシウム光線顔負けのまばゆいビームが刺さってくる。確実に皮下まで届いていることをジリジリという効果音で知らせてくれる。これでなきゃカリフォルニアじゃない。これこそオレの想像するアメリカだ。自由の国アメリカ。日本では昔から「♪来て、来て、来て、来て、…」と歌われているこの有名なビーチの町は、どこを切り取っても映画の1シーンのようだ。存在するもの全てが開放的な雰囲気を盛り上げるように義務付けられ、それぞれが自分の役割を見事に演じ切っている。


 ビーチに沿って海岸線を走るパシフィックコーストハイウェイから5階建てのビルほど高台になったこの町には、「なかなか死なない」男シリーズの主役を演じる、頭髪に難のある俳優とそのカミさんのお洒落な高級ペントハウスオフィスがある。ビーチを一望できるそのオフィスビルのある、海岸側から数えて3番目の3rdストリート、通称サンタモニカプロムナードは歩行者天国となっていて、この町のメインストリートだ。ビキニのグラマラスな金髪姉ちゃんたちが大きな胸を揺らし長いストライドで闊歩し、その間隙を筋肉隆々のお兄さんたちがスケボーを滑らせて声をかけていく。巡回している警官でさえトムクルーズばりのレイバンに短パンで競走馬のような美しい馬の上でポーズをつくる。映画館、みやげ物屋、キャラクターグッズショップ、Tシャツ屋、似顔絵描き、大道芸人。プロムナード側に陣取りゲームを競うかのようにオープンテラスをはみ出しているレストラン群には、観光客やこのあたりのオフィスに颯爽と通うセレブリティのみならず、ホームレスの方たちも其処ここにうまくキャスティングされ、1シーンを構成している。道を渡った南側にはこの町の2ブロックを占めるショッピングモールがあり、ドイツ製高級車やリムジンがホテル並みに制服でそろえられたベルボーイたちの前で停車し、家族用カードを携帯したティーンエイジャーたちが本日のお買い物へと出陣していく。


 そのショッピングモールから道を1本はさんで西側、世界中の都市に繁殖する赤と黄色のファーストフードショップでは白、黒、黄色、―満遍なく色んな色の子供たちの笑顔があふれている。その一角では、黄色いピエロや白黒の縞模様のこそ泥風キャラがカラフルな風船を配っている。コーヒーで火傷した婆さん相手に宣伝とばかり、慰謝料1億円を払ってしまえるそのチェーン店の前で、外のテーブルの上に誰かが残していった残飯をあさっている少年がいた ― ちょっとミスキャストかな。

 十歳くらいだろうか。顔の大きさに不釣合いな大きなヘッドホンをかぶり、メイクしたような立派な汚れを両頬につけたヒスパニック系のまだ幼い顔が、捨てられた紙袋の底に残ったフレンチフライを見つけて摘み上げた。その瞬間、ボーっと眺めていたオレの視線に獲物を横取りされる危険を感じたのか、こちらにすばやく顔を向ける。しばらく見つめ合っていると、それが杞憂だった事を悟ってくれたようだ。まん丸のブルーの瞳を輝かせ、頬を緩めて笑顔を披露してくれた。カリフォルニアのビーチの青い空の下では、やはりこれも映画の1シーンだ。


 オレの名前はアート。もちろんこの国でのニックネーム。先月二十一歳にようやく届き、カリフォルニアの州法でも晴れて飲酒が解禁となった。今日はオレの働いている日本町の和食レストラン堺屋(さかいや)のシフトが無く、さらに学生ビザ保持のため、退学できない語学学校が週末で休みだ。もう9月だがここカリフォルニア、ロサンゼルスでは夏が衰える気配が微塵も無い。まだまだ真夏の範疇だといって一向に差し支えないだろう。こんな紫外線バリバリの日はビーチに限る。暑さに耐えながら、ジリジリと焼かれる皮膚の音を聞くと特に何もしていなくても、人より余分にがんばったような気になるのだ。言っておくがオレはMではない。休みの日も何かがんばらないと気がすまない貧乏性というだけだ。先日買ったペーパーバックをビーチで寝転がって読もうと思い立ったのだ。昨晩、店で余ったご飯を確保しておいた。おにぎりを握ってスーパーマーケットVONSの茶色い紙袋に入れ、ビーチに向かう。愛車DATSUNはかなりのご高齢なため、オレの住んでいるイーストハリウッドからビーチまでの真昼の灼熱FWY(フリーウェイ)には耐えられないだろうと、久々にRTDバスに揺られてやってきた。


 ロサンゼルスカウンティ(郡)を市内から郊外まで縦横無尽にぶっ飛ばすRTDバスはドライバーにイカレた奴が多い。渋滞となれば30分や1時間遅れても当然というように、路線の途中で新聞やアイスクリームを買いに行く自分勝手なドライバー。逆に空いている時間帯だとバス停に人が待っていようが、さも気付かなかったというオーバーリアクション(両手のひらを上に向け、首をかしげるTVドラマでしか存在しないと思っていたリアクション)で鼻歌交じりにハイスピードで通り過ぎていく能天気なドライバーなどなど。特にビーチに向かう路線は潮の香りに近づくだけで頭がイッテしまう傾向があるようだ。今日は週末で空いている大通りをかっ飛んで、乗客の内臓ごと右に左に振り回している。折角のジャパニーズライスボールが無駄になるのではと心配になった。


 ビーチと一体化したこの町の最も海岸に近いバス停で下車したのだが、乱暴なバスにノックアウトされて、ビーチでの読書をあきらめ、パームツリーの間で陰になっている遊歩道の桟橋が見渡せるベンチでページを捲った。

「???」うーん、いきなり難しい単語のオンパレード…仕方ない。折角なのでサンタモニカを満喫しようと「街中を蠢く物体」 ― ゾンビ風ホームレス。サイボーグと化したマッチョマン。風に飛ばされるパームツリーの巨大な落ち葉。そして…赤と黄色をバックにこちらに振り向いた少年 ― を観察しながら日陰から日陰へと涼しい場所を求めてぶらついていたのだった。

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