EP5【地獄のカウントダウン】と【最初の読者】
宿屋の薄暗い一室。 先ほどまで殺気を放っていたはずの四天王は、
今やベッドに腰掛け、俺が即売会で手に入れた戦利品を貪るように読み耽っていた。
「……信じられない。これ、全部手描きなの? この質感、この表情。
この国の教会にある退屈な絵画とは比べ物にならないわ……」
彼女が読んでいるのは、俺が尊敬してやまない神絵師たちの新刊だ。
布教用にと全巻揃えた自信作ばかりである。
「ねえ、坊や。これも君が描いた『マンガ』なの?」
「違う。それは俺が買った、俺のバイブルだ」
俺は背中越しに早口で答える。余裕はない。視界の隅では、
血のように赤い数字が冷酷に時を刻んでいる。
『カウントダウンを開始します。残り一分です』
(やばい、またあの電撃が来る……! まだ半分も終わってない、どうする!?)
「気になるなら、そこにある山から適当に取って読んでくれ。今回はお気に入りのサークルさんの新刊も旧刊も全部一冊ずつ買い占めてきたからな」
「フーン。……じゃあ、坊やが描いたのはないの?」
「……今回はサークル落ちたからない。あるのは、今必死に描いてる
これくらいだ」
「どれどれ、見せてごらんなさいな」
背後から甘い香りが漂ったかと思うと、サキュバスがぬるりと俺の背中に
身を寄せてきた。 集中力を削ぐような吐息が耳をくすぐり、
後頭部に「大きく、信じられないほど柔らかい何か」が押し付けられる。
(……枕か? いや、俺の椅子に枕なんてあったか?)
思考が混濁する。だが、脳内の無機質な声は無慈悲に宣告を続ける。
『残り十秒です。九、八、七……』
(くる……! またあの焼き付くような電撃が!)
俺は絶望に目を閉じ、歯を食いしばった。
その時、俺の原稿を覗き込んでいた彼女が、ひょいと指先で紙を摘み上げた。
「ふーん、面白いじゃない。これ読ませてよ」
「ちょ、やめて……ッ!」
必死で手を伸ばすが、彼女はひらりと身をかわす。
(終わった……未完成の原稿を奪われた。これで俺は「成果ゼロ」で処刑されるんだ……)
覚悟した、その瞬間。
『——判定。読者の満足度を確認。成果「あり」と見なします』
「え……?」
『報酬をお支払いします。カウントダウン・リセット。
次回の締切は六時間と一分後です』
チャリン、と机の上に金貨が落ちてきた。
全身を襲うはずだった衝撃は来ない。それどころか、
すうっと肩の荷が下りるような不思議な感覚。
「何これー? お金?」
後ろを振り向くと、サキュバスのコスプレ(?)をした女が、
ベッドに寝そべって足をパタパタさせながら、俺の描きかけの漫画を真剣に読み耽っていた。
顔を上げた彼女の瞳は、殺戮者のそれではない。
新刊の発売を心待ちにする、純粋な「読者」そのものの輝きを宿していた。
「ねえ坊や、これの続きは? 次のページ、まだ描いてないの?」
「……六時間後だ」
「え?」
「六時間後に、次の締切が来る。……それまでに描くよ」
「そう。じゃあ、楽しみにしてるわね」
自分の描いたものを、こんなに楽しそうに読んでくれる奴を、俺は初めて見た。 胃の奥が熱くなる。
金貨なんてどうでもいい。今はただ、この読者を満足させたい。
「……続き書くか」
俺は「机」という名の戦場へと、再び視線を戻した。
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