型押し型のマイノリティ

Junpusa

型押し型のマイノリティ

「中野より良い街なんてたくさんあるのに」キッチンの小さな窓を眺めながらiQOSを吸いつぶやいた。そう、13年前から今まで僕の価値観は全く変わっていない。「中野住み・筋肉質・ヒゲ・短髪」のデッキにしがみつき、気づけば中野と新宿から抜け出すことが出来なくなっていた。


18歳で仙台から大学入学を機に上京、都下にキャンパスがあるMARCHに指定校推薦で入りました。親兄弟との関係も良好で、高校ではバドミントン部でレギュラー、顔も悪くないと思います。ただ女性と恋愛することは出来ず、中学の時から恋愛対象は男性でした。


同級生が恋愛をしている中僕も密かに恋をしました。部活の後輩のシュンスケという、バド部の割に体が大きい彼のことが好きでした。どこか台湾俳優のような優しい顔つきで、人当たりがよく僕にもよく懐いてくれました。


当然僕は彼に思いを伝えることなんか出来ません。部活帰りみんなで行くマックやロッテリアで隣に座れる時が至福でした。着替えで裸を見れたときは夜悶々としてしまい、彼とのセックスを想像し自分を慰めることもありました。ちなみに僕は上京する18歳の夏まで童貞でした。


恋愛こそ出来なかったものの、iモードの粗いWebページでゲイのことは調べていました。新宿二丁目のこと、お尻でセックスすること、そのためにはローションが必要なこと、ネットでの出会いは掲示板を使うこと、ゲイAVのレーベルが思ったより多いこと。


二丁目に行ってみたい、男の人とセックスしたい気持ちが日に日に強くなり、東京の大学に進学することにしました。不純な動機は人を奮い立たせるのか、成績は右肩上がり、部活も真面目にこなし出席は皆勤賞だったことが後押しし、法政社会学部の指定校推薦を貰いました。


高卒の両親は喜びました。親戚に会うたび息子が東京の大学に推薦で入ることを嬉しそうに話していました。きっと僕は孫を見せてあげられないけど、大きめな親孝行ができたと僕自身も良いことをした気持ちになりました。


大学入学後、履修登録や新歓が落ち着くとゲイ活動をしてみたくなりました。家にはADSLと生協で買った富士通のノートPCがあり、もうiモードでちまちま情報収集する必要はなく、八王子の1Kで堂々とコートコーポレーションのWebサイトを見てサンプル動画で抜きました。


この頃mixiが流行り始めたので、僕も第二外語が同じ友達に招待してもらいました。mixiはゲイの出会いツールとしても使われていて、「●●好きあつまれ!〜Only For Gay〜」みたいなコミュニティがたくさんありました。フリーメールのアカウントを取り僕はmixiのゲイアカを作りました。


短めのウルフカットをセットし、ステューシーのシャツを着て、姿見越しに撮った写真に「178*62*18今年上京した大学生です!わからないことだらけなのでいろいろ教えてください。二丁目とか連れて行ってくれる人募集してます!」というプロフを添えると出会いは割とすぐ訪れました。


彼はRyotaというmixi名で、24歳の社会人で、色白で目鼻立ちがはっきりとした白Tシャツを着た自撮りと、ゲイ友達と行ったのだろうスノボの写真を載せていました。ちょっとシュンスケに似ていたのと、見た目が派手ではなく初対面でも話しやすそうな雰囲気で好感を持ちました。


何通かメッセをやりとりし、Ryotaと僕は新宿で会うことになりました。土曜の13時にアルタ前で待っていると「じゅんくん?」と声をかけられました。「ん、あ、はい」と戸惑いながら顔を上げるとRyotaがいました。写真よりちょっと顔が丸くてヒゲが濃かったもののイメージ差はそこまでありませんでした。


とりあえず歩き出し「お昼は?」「いえ、まだです」「なんか食べよっか。嫌いなものある?」「ないです」みたいな話をして、三越アルコット裏手の五右衛門に行きました。緊張と初めて出会うゲイへの若干の期待、年上の男にエスコートされる変な気持ちが混ざり、B1への階段がとても長く感じました。


和風パスタを啜りながらRyutaはいろんな話をしてくれました。中野に住んでいて、仕事は精密機器メーカーの財務で、趣味はお酒と水泳、彼氏はいままで2人で、初めて男と付き合ったのは21歳で、今はフリーで彼氏募集中。両隣にお客さんがいる中でのゲイトークはちょっと気まずかったのを覚えています。


ランチの後はマルイメンをプラプラし、三丁目のスタバでキャラメルマキアートをご馳走になりました。スタバは僕でもわかるぐらい僕ら以外にもゲイがたくさんいて、ようやくゲイタウン新宿にいる実感が湧いてきました。話の流れで軽く夕飯を食べたのち、Ryutaのボトルがあるバーに行くことになりました。


今考えるとRyutaはかなり手慣れていました。上京生と新宿で遊ぶコース・話す内容が彼の中で型化していたのだと思います。僕のように初対面で、その日のうちに二丁目まで付いて行く子が他にもたくさんいて、僕たくさんいるうちの1人に過ぎなかったのでしょう。


ゲイバーは時間が早かったため僕ら以外に客はおらず、ドアを開けるとカランカランとドアベルが鳴り、カウンターの中に小柄で若い店子が立っていた。「リュウちゃんおはよ〜あら可愛い子ちゃん連れて!どこで引っかけたのよ〜発展場?」「アンタと一緒にしないでくださる?」「いやんこわい〜」


ホゲなかったRyutaがゲイバーだとちょっとホゲたのに驚いた。Ryutaのグランブルーが目の前のグラスに注がれ、3人でウーロン割を飲んだ。店子はヒデと言い、早稲田に通いながら土曜は店子をしているらしい。ヒデとRyutaの会話をうなづき時折相槌を打ちながら聞いていた。


酒が回ってきたのもあり、僕も会話に入れるようになってきた。セックスのポジションの話で、Ryutaはリバ、僕は未経験だがタチだと思うと言うと、ヒデは「じゅんくんはウケ1回やったらドネコになるパターンよ」と笑われた。Ryutaを見るとフフフと笑っていたが、そこから会話を広げることはなかった。


僕がケータイを気にしているのに気づいたのかRyutaは僕に「終電?」と聞いてくれた。気が効く人だな、あとこういうところ好きだなと思った。「うん」と答えると、チェックをして店を出た。僕はグラス2杯で気持ち良くなっていて、ビルの出口の段差で軽くコケた。多く出してくれたRyutaにお礼を言った。


出口でコケたのが隙だったのか元々の作戦だったのかはわからない。「このあと、うち来ない?」と家に誘われた。僕は怖い思いをしないか不安だった一方期待もしていて、次の日バイトがないことを確認済でした。一瞬迷ったふりをして、「じゃあ明日なんも無いんで」と濁った返事をして中央線に乗った。


初めて降りた中野は思ったより大きな街だった。Ryutaの後ろをついて行き、サンプラザを通り過ぎて早稲田通りを渡った先にある3階建てマンションに入った。階段を登ると鉄骨特有の乾いた音が響いた。3階の中部屋のドアにはピザーラと水道修理のチラシが入っていた。


この後セックスすると思ってたし、部屋に着いてから事が始まるまでそう時間はかからなかった。2人掛けのローソファに座りテレビを見ていると、Ryutaが太ももを付けてきた。僕が嫌がらないことを確認すると、手を置き触ってきた。シャトルランの後のように心臓が激しく鳴り、股間が痛いぐらい勃起した。


僕は初めてキスをした。何故か高校時代の思い出や親兄弟の顔が思い浮かんだ。真面目に生きてきた自分、遠慮してきた自分、童貞の自分、ずっと我慢してきた自分がキスにより溶け唾液とともに流れていく感覚があった。過去の自分を消し去りたくて、溶かしたくて、流したくて、夢中で僕はキスをした。


バックはしなかったものの僕はmixiで会った男とその日のうちにセックスをした。泊まっていくつもりだったが、シャワーを借りた後乗換案内を見たら0:10の西八王子行があったので帰ることにした。Ryutaは玄関でキスをして、「またね、おやすみ」と送ってくれた。


それから何度かメールのやりとりをしたが、Ryutaと会う気にはなれなかった。優しくて親切な年上の大人が最初から体目的で自分を見ていたこと、自分も適当に童貞を捨ててしまったことに罪悪感があった。ただ、Ryutaの遊び方の型を僕はキャッチアップして、その後毎週のようにいろんな人とリアルした。


年上には若さを武器に二丁目で奢ってもらい、年下や同世代のイケメンは立川でリアル/自宅に連れ込む、あるいは相手の家から近い繁華街でリアル/相手の家に行くパターンが僕の中で出来ていた。コミュニケーションとセックスはうまくなり、二丁目で知り合ったうわべだけの派手な友達が増えていった。


3年生の春に品川に本社がある独立系SIerの営業職の内定をもらった。やりたい仕事ではなかったがリーマンショック禍での貴重な内定だったのと、名の通った会社で体裁が良かったのでそこに入ることにした。ゲイライフを楽しむために、憧れの中野に家賃8万の1Kマンションを借りた。


会社の同期とは最低限の付き合いをこなすだけでほとんど関わらず、毎週中野か新宿でゲイ仲間と酒を飲んでいた。Twitterで人気の子にも「自分も中野住みです!」と絡みにいくと会話がしやすく割とすぐ仲良くなれたし、ムラムラしたらアプリを開けばワンナイト目的の出会いは必ず見つかった。


この頃から僕は「ゲイ受け」にコントロールされ始めていた。自分の大切なものや好きなことに目を向けず、ゲイ受けするかどうかがあらゆるものの評価尺度になっていった。ツーブロックのフェードカット・アンダーアーマーの服・週4ジム・味より見た目の店を選んだ。


頭を使わずただ既定のテンプレに沿うことで安心感が得られたし、困らなかったし、むしろチヤホヤされた。仕事もほどほどにこなして年収650万、ゲイのメインストリームに完全に乗った僕の20代は楽勝だった。


30歳になり1LDKに引っ越した。住みやすさと完成されたコミュニティは譲れず、場所は中野一択だった。少し哲学堂寄りで駅からは離れたが、中野通り沿いで日当たりが良く、春はベランダから桜を見下ろす事ができ、家に友達を招いて窓辺の桜をバックにシャンパングラスを持った写真をインスタに上げた。


インスタは僕のゲイ受け魂に一層火を付けた。ジムはティップネスから東中野のゴールドジムに変え、通う度にフリーウェイトエリアでパンプした体を上げた。シェラトンのナイトプールに行った翌日は糖質を気にしながらアフタヌーンティーをつまんだ。夜と週末に金がかかり過ぎて、とてもNISAなんて始められなかった。


かつて中野のご近所仲間だったユウキがインスタのおすすめアカウントに出て来た。作ったばかりのアカウントらしく、天橋立でまたのぞきしている写真が1枚載っていた。ユウキは大人しくて目立つタイプではなく、お世辞にもモテ筋ではなかった。僕たちの集まりにも顔を出さなくなり5年ぐらい経っていた。


僕はユウキをフォローし「久しぶり!じゅんだよ。元気?」とDMを送った。昔と変わらないパッとしないユウキの、パッとしない返事を期待した。ゲイのメインストリームに乗れなかった奴を見て優越感に浸りたかった。夕食を買いに中野通りを歩いていると、ユウキから返事が来た。


ユウキは5年前札幌に転勤になり、転職を機に東京に戻った今はパートナーと2人で横浜に住んでいるらしい。パッとしないユウキがパートナーと同棲している、自分が叶えていないことを叶えていることが軽く鼻についた。やりとりを止めればよいものの、僕のプライドはおかしな方向に進んだ。


「へーそうなんだ。今度新居遊びに行くね!w」今まで興味が無かったユウキが急にやたら気になり出した。どんな暮らしをしているのか、パートナーはどんな、人なのか。ゲイのメインストリームに乗れなかったユウキが、今でもパッとしなくて自分よりも優れていないことを確かめ安心したかった。


「そのうちね」なんてあしらわれると思っていた。しかし「じゅんちゃんにも会いたかったし、相方もOKだって!」と返事が来て引き下がれなくなってしまった。翌々週の土曜日、僕はルミネのDean & Delucaでワインとチーズを買い横浜のユウキの家に向かった。


出来たばかりのニュウマンを出ると待ち合わせをする人が大勢立っていた。電話をかけ、道案内の通り高島屋のほうに歩いていくと手を振るユウキが見えた。長めの前髪にグレーのパンツにフレッドペリーのポロシャツ、ちょっと体格は良くなっていたがゲイ受けとは程遠いことに変わりはなかった。


「じゅんちゃん久しぶり、暑かったでしょ」「相変わらずモテそうだねー」「バッグバレンシアガ?すごいなーかわいいね」「ジム行ってるインスタ見たよ、えらいよねー」ユウキは昔から抵抗なく人を褒める奴で、5年経っても変わらなかった。10分ぐらい歩くと川沿いに建つ古いライオンズマンションに着いた。


ユウキはリノベーションした中古マンションを買いパートナーと住み始めた2年前に買ったらしい。低金利とはいえ4,000万円のローンはとても今の僕には払えないし、手数料に相当する貯金もないし、地方都市に住む選択肢もない。ユウキの堅実さが現れていた。


「ただいまー」玄関の鍵を開けユウキが言うと、「早かったね、おかえり」の声とともにユウキのパートナーが出迎えてくれた。はじめまして、と言おうとしたその時目の前に居た男は初対面ではなかった。間違いない、初めて行ったゲイバーで店子をしていたヒデだった。


「はじめまして」と言ったのはヒデのほうだった。一度だけ会った客の僕を覚えてなくても当然だろう。僕も合わせて「はじめまして、おじゃまします」と挨拶し靴を脱いだ。


ダイニングテーブルには二人で作ってくれたという手料理が既に並んでいた。インテリアは落ち着いていて家具も高そうでは無いが、ポテトサラダが入ったル・クルーゼの鍋や、ホットクックにルンバ、ホームシアターから今どきのスマートな暮らしぶりを感じられた。


僕が持って行ったワインを飲みながら3人で5年前から今までの話をした。ユウキは中堅自動車部品メーカーから外資コンサルに転職し、今は自動車メーカーのERPプロジェクトにいる。ヒデは新卒で入ったソフトバンクを最近辞め、先輩が立ち上げた業界特化系システムのベンチャーで働いている。


二人とも大きく変化していて、僕は18歳から何も変化がない。ただ居心地の良さに甘えてゲイのメインストリームに乗り続け、ゲイ受け路線を走り続けていたら没個性のつまらない人間になっていた。筋肉と糖質を気にする食事より、二人で作ったボロネーゼを食べているユウキとヒデの方が幸せに思えた。


「じゅんちゃん最近二丁目行ってる?アーティーってまだあるの?」「うん、前に比べて減ったけどたまにかおだすよ」僕はヒデの二丁目事情が気になって、「ヒデくんはゲイバーとか行くんですか?」話を振ってみた。僕はその答えに衝撃を受けた。


「行かないですね。俺ちょっと店子してたこともあるんですけど、二丁目って、色恋とセックスの話、あとカラオケのワンパターンループじゃないですか。それに飽きちゃったのと、単純にお金がもったいなくて」店子をしていたあの日のヒデとは思えなかった。


あと水商売歴はユウキにも話しているのか…と考えていたところ「あ、飲み物無くなっちゃったからセブン行ってくるね。ふたり話してて」と言いユウキが買い物に出かけた。僕はヒデにあの日ゲイバーで会ったことを聞いてみたくなった。


「僕ヒデくん店子してたとき飲みに行ったことあるんです。Ryutaって人に連れてってもらって、僕は初めてのリアルで」ヒデはピンと来たのか目を丸くし、「あーそれ覚えてるわ。なんかあの時から、ずいぶん雰囲気変わりすぎてません?」と言い続けた。


「Ryutaさんと俺今でもTwitter繋がっててたまに連絡取ってるんですよ。元々実家は白馬の温泉街で合宿生向けの旅館やってて、地元帰ってそこを継いでます。地方創生みたいなプロジェクトを立ち上げてこないだNHKに出てましたよ。田舎はやっぱり結婚しろ、孫の顔見せろって言われるのがしんどいみたいだけど、メディアに出たあたりから村に居場所が出来て元気にやってるみたいです」そう続けた。


僕はとてもRyutaとはあの夜ワンナイトで、それから一度も会ってないとは言えなかった。


ユウキが買ってきてくれたハイネケン缶を飲んで、まだ薄明るいうちに僕は湘南新宿ラインに乗り帰路に着いた。電車の窓にはバレンシアガのショルダーをかけたゲイ受けテンプレートの僕が映っていた。僕にゲイの世界を教えてくれた人たちは、ゲイの世界を超えて自分の世界を持っていた。


一方僕はゲイの世界を超えることなく35歳になっていた。この先もワンパターンなゲイとして暮らすんだろう。この複雑な気持ちをぶつけるべく9モンでハウリング中の男を無意識に眺め、PrEPの錠剤を水で流し込む。僕はこれからも中野にしがみついて行きていく。

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