祝い

沢田和早

祝い


 川沿いの土手道を自転車で走っていた。昼下がりの日差しが心地よい。陽光の温もりを有難く感じられる季節だ。

 ろくに手入れもされず野趣あふれる河川敷の向こうにはなだらかな山並みが連なっている。その上には澄んだ青空。ここは俺の近所で一番好きな場所だ。この景色を眺めているだけで自分が世界から祝われているような気がしてくる。


「めでたいな、自分も世界も」


 心を空に遊ばせて小さな幸福感に浸っていると前方から冴えない声が聞こえてきた。


「はあはあ、少し買いすぎちゃったかな」


 文句を垂れながら自転車を漕いでいるのは俺の後輩だ。

 後輩は小学校で一学年下、中学校で一学年下、高校で一学年下、そして現在、大学では一学年下ではなく同級生である。俺が一年浪人してしまったからだ。

 同級生から先輩と呼ばれるのはおかしな話だが、小学校の頃からそう呼ばれているので、今更別の呼び方を考えるのも面倒くさい。後輩も「同級生だけど先輩のほうがしっくりくるのでそう呼ばせてください」などと言うので好きにさせている。


「だから言っただろう、安いからって欲張るなと」

「だって業務スーパーは遠いんですよ。月一くらいしか行けないし買えるときに買っておかないと」


 相変わらず先の読めないやつだ。荷物を半分よこせと言いたくなったがやめた。今日は買い物の他に重要な用事があるのだ。


「……」


 さっきから何か言いたそうにチラチラとこちらを振り返る優柔不断がじれったい。さっさと言え。


「あの、ところで先輩、明日は何の日か知っていますか」


 やっと言ったか。知らぬふりをして適当に返答すると膨れっ面をして自転車の速度を上げた。実にわかりやすいやつだ。おっと、そろそろ祝いの品を埋めた場所だな。ひと月前から用意しておいた石をポケットから取り出し、後輩の頭めがけて投げつける。


 ――ドウッ!


 まずい、力を入れすぎた。石の速度が音速を超えたため衝撃波が発生してしまった。ヘルメットにぶち当たった石は轟音を立ててこちらに弾け飛んだ。俺が製作したヘルメットを被っていなかったら即死していただろう。慌ててブレーキをかける後輩。


「おい、急に止まるな。危ないだろう」


 ここはシラを切る。俺が投げつけたと知られるわけにはいかないからな。


「何かが頭に当たったんですよ」

「ほう、あれか」

「何だろう、隕石かな」


 一番怪しい俺を疑いもせず隕石に原因を求めるとは、どこまで間抜けなんだ。後輩は拾い上げた石をまじまじと見つめている。どんなに凝視しようと石の正体はわかるまい。

 それは俺が異世界から取り寄せた最高級鉱石ミスハルタイト。そして一面に描かれた模様は魔界随一の言語文化を持つウンボア族の文字だ。文章を刻むのに10日もかかってしまった。祝いの品なのだからこれくらいの手間はかけてやらんとな。


「それで、何て書いてあるんですか」


 説明してやるとすぐ乗り気になった。単純なやつだ。石が示している場所はここから直線で6キロほど離れた場所にある松の大木。もちろんその根元にも俺が用意しておいたミスハルタイトの鉱石が置いてある。


「何があるのかなあ~、楽しみだあ」


 松の大木を目指しルンルン気分で自転車を走らせる後輩。さっきまで息も絶え絶えになって自転車を漕いでいたくせに、相変わらず現金なやつだ。ほどなく目的地に到着した。


「ここだ」

「ほ、本当に松が立っていますよ、先輩!」


 石の指示通り松の大木があったので後輩は浮かれまくっている。こうなると正常な判断ができなくなってしまうのがこいつの悪い癖だ。

 根元に置いてある石の指示を読んでやっても、その無意味さにまったく気づかない。それどころか「期待が持てますね」などと根拠のない楽観論に走っている。大学生になってまだこんな幼稚な思考しかできないとは実に嘆かわしい。もう少し厳しく指導してやる必要がありそうだな。

 石の指示に従って俺と後輩は再び自転車を漕いだ。


「先輩、ここは元の場所じゃないですか」


 戻ってきてようやく気づいたか。2番目の石の指示は最初の場所に行くこと。それを分かりづらく書いてあっただけなのだ。あの程度の誤魔化しすら見抜けないとは将来が不安で仕方がない。


「とにかく掘ってみろ。ここだ」


 昨日、祝いの品を埋めておいた場所を足先でつついた。素直に掘る後輩。ほどなく箱が出てきた。さぞかし喜ぶだろうと思ったが表情が硬い。怪しんでいるようだ。よし、いいぞ。石橋を叩いて渡るくらいの慎重さは常に持ち合わせているべきだ。思わず嬉しくなったが次の言葉を聞いてがっかりした。


「先輩、開けてください」


 問題を他人に丸投げするとはどういう了見だ。俺が災難に遭っても構わないというのか。ああ情けない。こんな後輩に育てた覚えはないぞ。


「おまえが開けろ」

「でも」

「いいから開けろ!」


 恨めしそうな顔をして渋々蓋を開ける後輩。そもそも俺に開けさせようとするのが間違っているんだからな。俺を恨むのはお門違いだ。


「えっ、これって……」


 喜びと驚きの入り混じった瞳が俺に向けられた。ふっ、ようやく俺の真意を悟ってくれたか。誕生日祝いのメッセージカードまで入れておいたんだ。これでわからないようなら本当の愚か者だ。


「明日はおまえの誕生日だろう。俺からの祝いの品だ」

「じゃあ、石がヘルメットに当たったのも、石に文字を書いたのも、ここに箱を埋めたのも」

「俺だ」


 そんなことは聞くまでもない。どうして確認を取りたがるんだ。もし「俺じゃない」という答えが返ってきたら困惑するだけだろう。黙って受け取っておけばいいのだ。


「こんなに手の込んだ祝いの品なら今回は期待が持てますね」


 後輩は上機嫌で巾着袋の紐を解いている。うむ、良い笑顔だ。こちらまで嬉しくなる。手間をかけた甲斐があったというものだ。巾着袋からは小瓶が出てきた。


「これ、何ですか」

「俺の爪の垢だ。煎じて飲め」


 後輩の上機嫌は一瞬で吹き飛び不動明王の如き憤怒の形相に変わった。小瓶を持った右手が大きく振り上げられた。しかしその腕が振り下ろされることはなかった。そのままの格好で雄叫びを上げている。ほほう、叩き割りたくなるほど気に入らなかったのか。おかしいな。俺の爪の垢はそう簡単に入手できるものではないのだが。


「どうした。嬉しくないのか」

「嬉しくありません。でもいいです。先輩の祝いの品に期待なんてしていませんでしたから」


 正直なやつだな。ここはお世辞でもありがとうの一言くらいあってもいいんじゃないのか。それだけ集めるのに1年もかかったんだぞ。まあいい。この反応も想定内だ。


「走りっぱなしで疲れた。少し休むぞ」


 俺は土手の草むらに腰を下ろした。後輩も横に座った。しばらく黙って景色を眺める。風に吹かれる。陽光を浴びる。


「ここはいい場所だろう。俺はよく来るんだ」

「そうなんですか、へえ~」

「ここにいると俺は世界から祝われていると思えるのだ。誕生日は確かにめでたい。だが、俺たちがこうして生きていること、それ自体がめでたいのだ。だから世界はめでたい俺たちを祝ってくれる。ぬくもりのある日差し、汗を乾かしてくれる風、目を喜ばせてくれる山並み。これらはみな世界が俺たちに贈ってくれた祝いの品だ。世界は祝いで溢れている。ただそれに気が付かないだけ。そう思わないか」

「完全には同意できませんね。灼熱の日差しで苦しめられたり、暴風雨でびしょ濡れにされたり、災害で景観が破壊されたりするでしょう。世界がくれるのは祝いの品だけじゃないですよ」

「いや、それらもまた祝いなのだ。贈られた相手が喜ぶか喜ばないかは関係ない。めでたさを称える気持ちがこもっていれば何を贈られようともそれは祝いなのだ。俺の爪の垢のようにな」


 後輩がむっつりと黙り込んだ。きっと反論を考えているんだろう。思いつかないことは目に見えているが。


「わかりました。そんな屁理屈で自分のプレゼントを正当化しようとしなくてもいいですよ。嬉しくないけど受け取らないわけじゃないんですから」


 すっかり拗ねてしまった。まるで幼稚園児だな。仕方ない、あれを出すか。俺はリュックから紅白饅頭を取り出した。


「食え」

「何ですか、これ」

「誕生日の祝いだ。おまえはこんなののほうが喜ぶだろう。ちょうどおやつの時間だし、食え」

「なんだ、本当はちゃんとした祝いの品を用意してくれていたんですね。いただきます」


 途端に機嫌が直った。うまそうに饅頭を頬張る後輩。本当に単純なやつだ。もちろん俺の分もある。誕生日だから買ったのではなくただ単に食いたかっただけだからな。めでたさを祝ってやる気持ちなど微塵もこもっていない。


「おまえ、自分の誕生日はめでたいものだと本気で思っているのか」

「う~ん、どうかなあ。年を取るってことは言い換えれば老いるってことですからね。そういう意味ではめでたくないのかも」

「だったらどうして祝ってほしいんだ」

「別に祝ってもらわなくてもいいんですよ。誕生日のプレゼントさえもらえればいいんです」


 呆れたやつだ。そんなことは思っていても口には出さないものだろう。馬鹿正直にもほどがある。こんな考えだからこいつの誕生日を真面目に祝ってやる気になれないんだ。来年もまたこいつにとってはくだらないと思える品を贈ってやることにしよう。











 

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