太陽王子の中の人は美少女に見える陰キャ男子でした
月亭脱兎
プロローグ
「いいか?今日こそ、男らしく——」
鏡に向かって、低い声を作ってみる。腹に力を入れて、眉間に皺を寄せて、できるだけ凛々しく。
無理だった。
鏡の中にいるのは、どう見ても「可愛い女の子」だ。二重の丸い目、細く小さな鼻、薄い唇。155センチの身長と、60cmに満たないウエスト周り。小さな手、細い二の腕。
男らしい骨格という概念を忘れたような華奢な体。
「はあ……どうにもならん」
今日、ボクは声優として初めて人前に顔を出す。
イオリユウ。それがボクの芸名で本名だ。
デビュー作『ソラノオト』の主人公・春野ハルキの役でアニメ声優デビュー。元気で真っ直ぐな少年主人公。いわゆる王道のヒーロー役だ。
ちなみに、アニメファンからは太陽王子と呼ばれている。
ありがたいことにアニメは大ヒットした。新人がいきなり主役を取って、それがちゃんと当たる。奇跡みたいな話だと思う。
すでにボクはファンから「いおりん」というニックネームで呼ばれている。
これが女性声優なら、とても良いニックネームだと思う。
もう一度言うけど、女性なら、ね。
改めて言うが、ボクは男だ。
ボクっ子でもなければ、ボーイッシュな女子でもない。いわゆるジェンダー・マイノリティでもない。
本当にただの男なんだ。
ちなみに女装男子でもないからね。
「このまま有名になったとしても、まるで
やっぱり、男としては”
ボクは俗に言う陰キャだ。
人前で話すのは大の苦手だし、人との会話なんて弾んだ記憶がない。
コミュ障で、店員との会話が怖くて外に買い物にすらいけない。
だから服はは母親が買ってくる。それがちょっとガーリーな感じで——。
たぶんそれも、ボクが女性っぽく見られる原因のひとつでもある。
自分でネットで買えって?
一度だけ、ザ・男な服をネットで買ったことがある。黒いパーカーとか、ワイドなカーゴパンツとか、そういうやつ。
でも、まったく似合わなすぎて逆に凹んだ。
服に着られてる感じがすごかった。鏡の前で「誰だお前」ってなった。女の子がお兄ちゃんの服を借りてきました、みたいな。
それ以来、抵抗するのをやめた。
話が脱線してきたから本題に戻すよ。
だからこそ、ボクにとっての『声優』は、唯一の適職だと思っている。
そもそも少年役を男がやるなんて、本来いちばんオーソドックスなはずだ。ボクは声変わりしきってないこの高い地声のままで、太陽王子こと、春野ハルキを演じることが出来た。
なのに世間は「少年役が上手い女性声優」と勘違いしている。
むしろ業界的には、少年役は女性がやるものらしい。
なんでだよ!それがおかしいじゃないか!
そもそもボクはプロフィールに男性と書いてある。インタビューでも「ボク」と言っている。
でも「ボクっ子可愛い!」で処理される。一人称すら証拠にならない。
スマホが鳴る。マネージャーからだ。
『今日のイベント、楽しみにしてるファン多いよ! SNSでもトレンド入りしてる!』
ありがたい話だ。本当に。顔出しイベントなんて、新人声優としては夢みたいな機会で——
『中の人の”いおりん“も、太陽王子みたいに陽気な子なんだろうなって。みんな期待してるし盛り上がってるからね」
陽気な——子。
ほら、マネージャーですらそうなのだ。
鏡の中の「ボク」が、困ったように笑っている。
ああ、やっぱ女の子にしか見えない。
二十三年間、この顔と見た目と付き合ってきた。
「可愛いね」と言われ続けてきた。
それを褒め言葉だと思えたことは、一度もない。
今日、きっとまた「可愛い」って言われる。ボクがどんな芝居をしたかじゃなくて、ボクがどんな「女の子」に見えるかの話ばかりされる。
わかってる。わかってるけど。
——それでも、どこかで期待してしまうのだ。
今日こそは、誰か気づいてくれるんじゃないかって。
ボクの「生の声」を聴いて、姿を見てすぐに「男」だって、わかってくれる誰かが、いるんじゃないかって。
鏡に向かって、もう一度だけ練習する。
「はじめまして。——ボクが、春野ハルキ役の
声が裏返った。
今日の運勢、最悪な気がする。
(つづく)
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