観測者に見守られる屋敷で、生きることにした ~静は、世界を支配しない~
灯乃しんわ
第一章 月に見守られし屋敷
第一話 目覚めの屋敷と、観測者の手紙
――意識が、ゆっくりと浮かび上がってくる。
最初に感じたのは、「痛みがない」という違和感だった。
胸の奥を締めつけていた苦しさも、呼吸のたびに走っていた鈍い痛みも
どこにも見当たらない。
代わりにあるのは、穏やかな温度と、深い静寂。
相川 静は、そっと目を開いた。
そこにあったのは、病室の白い天井ではなかった。
淡い木目の天井、柔らかな光を反射する壁。
どこか落ち着いた、生活の匂いがする部屋。
「……ここは……?」
声は、驚くほど自然に出た。
かすれも、震えもない。
ゆっくりと上半身を起こす。
身体は軽く、どこにも違和感がなかった。
自分の手を見る。
皺の増えていたはずの指は、若く、滑らかだ。
「……夢、か?」
そう呟いて立ち上がってみても、足取りは安定している。
むしろ――**調子が良すぎる**ほどだった。
部屋を見回して、静は気づく。
ここは「用意された場所」だ。
偶然ではなく、誰かが“住むため”に整えた空間。
そして、部屋の中央のテーブルの上に、一通の手紙が置かれていた。
白い封筒、封はされていない。
だが、宛名だけでわかった。
「……相川 静へ」
間違いなく、自分宛てだ。
静は椅子に腰を下ろし、その手紙を手に取った。
そこから先の文面を、静はただ黙って読み進めた。
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ルーナフィリスの手紙
相川 静へ
目を覚ましたあなたが、ここを「どこだ」と思っていることは、わかっています。
驚かせてしまったなら、先に詫びましょう。
ですが、恐れる必要はありません。
あなたが今いる場所は、あなたに与えられた「屋敷」であり
世界のどこにも属さない、静かな場所です。
ここでは、あなたに害を成すものは近づけません。
争う必要も、急ぐ必要もありません。
あなたは、もう「生きるためだけに生きる」必要はないのです。
この世界には、神や魔法、魔物や国があります。
ですが、あなたがそれらに従う義務はありません。
世界を支配しなくていい。
世界を救わなくてもいい。
ただ、あなたが見たものを
あなたの心のままで受け取り、静かに生きなさい。
屋敷に備えられた仕組みや、自身の状態については確認する事が出来ます。
確認の際には「ステータスを開く」と呼ぶ者が多いようですね。
表示される言葉や項目は、あなたにとって理解しやすい形に整えています。
この世界に存在しない言葉が混じっていても、どうか気にしないでください。
それらは、あなたが戸惑わずに歩き出すための“翻訳”です。
もし迷うことがあれば、誰かの声や、小さな気配に耳を澄ませなさい。
直接、手を引くことはできませんが、あなたが壊れぬよう
遠くから見守ることは許されています。
どうか、あなたの時間を取り戻してください。
― ルーナフィリスより ―
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手紙を読み終え、静はしばらく、その場から動けなかった。
「……女神、なのか」
否定しようという気持ちは、不思議と湧かなかった。
荒唐無稽だと思うより先に、「妙に腑に落ちてしまった」のだ。
静は手紙を丁寧にテーブルへ戻し、部屋を見回した。
そのとき、ふと手紙の一文が頭をよぎる。
――「ステータスを開く」と呼ぶ者が多いようですね。
「……ステータス、を開く」
半ば独り言のように呟いた瞬間、空間が淡く震え
目の前に光の層が展開される。
触れていないのに、そこに“情報が浮かんでいる”とわかる。
文字は、初めて見るはずなのに、意味が自然と理解できた。
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《ステータス:初期表示》
名前:相川 静
種族:人族
年齢:17
状態:健康(最適化済)
所属コア:屋敷コア
コア階位:上位特異個体(観測者加護)
支配エリア:
・屋敷エリア(登録済)
基礎適性:
・生命適性:安定
・魔力適性:低〜中(未覚醒)
・精神安定度:高
・観測耐性:極めて高
補足:
・表示内容は理解しやすい形式に変換されています
・不明点は意識を向けることで補足表示が可能です
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「……本当に、異世界……なんだな」
静は、小さく息を吐いた。
窓に近づき、外を見る。
遠くに街の気配
だが、この屋敷の周囲だけは、切り取られたように静かだった。
争う必要はない
支配する必要もない。
――ただ、生きなさい
静はもう一度、空中に浮かぶステータスへと意識を向ける。
「……まずは、確認だな」
自分が何者で、ここがどんな場所なのか。
世界は静かに――
動き始めていた。
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