彼女に神の祝福は無く
神楽神奈
プロローグ
《大禍》――世界の生み出した呪いと呼ばれるその現象を消滅させることができるのは、聖術師と呼ばれる者だけである。
竜の吐息も、精霊の術理も、肥大化した《大禍》を滅ぼすことはできない。
ゆえに聖術師は、太古より種族を問わずに尊敬され、敬われてきた。
術として《大禍》を封じ、その核を消滅させるだけの実力を持つには、日々の厳しい鍛錬は不可欠である。だが、それより手前、そもそも聖術を使うことができるか否かという部分だけを見れば、鍛錬以前の問題。つまりは才能というものが必要になる。
いや、才能というよりは器官というべきだろうか?
一昔前、宗教が権威の中心であった時代において、神を奉ずる宗教団体は解釈の違いこそあれど、おおむね救世主や神の子、寵愛によるものだとして、聖術を使える者を神聖視していた。だが、昨今の宗教と事実を別個に考える近代的な賢者たちの研究によれば、聖なる術を組み上げるための霊子構造があると分析しており、それらの「贈り物」は代々、血によって受け継がれているとまとめている。
ゆえに代々著名な聖術師を輩出してきたヘルムタール家の娘として生まれたオリヴィエには、聖術師となるための基礎があるはずであった。
賢者たちの研究論文が間違っていたのか、あるいは極々超低確率の神の気まぐれによるものか、オリヴィエは聖術が使えなかった。
基礎中の基礎である聖光をはじめ、ありとあらゆる聖術を試してみたが、ひとつとして彼女が使える術はなかった。それは、聖術の大家ヘルムタールにおいては、落ちこぼれ――無価値に等しい存在であった。普通であれば、ヘルムタールに身を置くことも許されぬが――実際過去の歴史においては才能がない分家の未熟者は、捨てられた――、しかし王侯貴族の権威も過去のものになりつつある昨今、才能がないからという理由で子供を捨てるのは、いかに権力の一画を担う聖術師の大家であっても許されない。
人間種一般の道徳的にも、リグルット共和国の法律的にも、認められない。
ゆえに彼女は、聖術師の家に相応しくなるよう、聖術の特訓を受ける日々を送ることになった。
各地に発生する《大禍》を封じ、滅していく聖術師たちの背――その中には両親はもちろん、祖父や叔父叔母、同期、ついには年の離れた妹まで――を見ながら、彼女はただひたすらに聖術を使うための訓練を行い続けていた。
聖術師になれないという結論に至るまで、相応の時間――青春ともいえるほぼすべての時間を捧げて――、最終的に死ぬ可能性の高い荒行の末に何も手に入れられず、両親から絶縁の言葉を受けて、オリヴィエ自身も納得した。
自分は望んだ自分にはなれないと。
それをどのように見るか、それは観測者の主観によって変わるかもしれない。
その結論を出すまで、十分な鍛錬の期間を与えられたという点だけ見れば、彼女の境遇は恵まれていた。そして同時に、それ以外の道を与えられなかったという視点で見れば、彼女は不幸だったともいえる。
――まあ、人生の遠回りというのは、誰にでもあることですわ。
後に、自らの半生を振り返ったオリヴィエ自身はそのように語った。
もっとも当時はより絶望的な感情、嘆き、怒り、悔恨、嫉妬、虚無などが凝縮されたような状態になっており、落ち着くまでには少しばかり時間がかかっている。
ヘルムタール家から追い出された後、一番簡単な、そして賢い方法は《大禍》と戦うことを諦め、聖術師とも縁を切ることであった。
無論、オリヴィエ自身も考えた。
むしろ、真っ先にそうするべきだと理性が告げていた。
ヘルムタール家から外の世界に出て、改めて世界を見て、彼女はその考えを消した。
詳細な理由を語るには長くなるので省略することになるが、要約すれば――日常が理不尽な《大禍》に飲まれるのを黙って見ていられない――という生きる者として当たり前の願望だろうか? だが彼女の“普通でないところ”は、その当たり前を守るために、残りの人生の資源すべてを全力投球したところである。
まず彼女は方法を変えることにした。
聖術以外で《大禍》に立ち向かう方法はないか?
むろん、このような発想はオリヴィエ自身が思いつくよりも以前、それこそ生まれるより昔から数えきれないほど試みられている。《大禍》に対して最も効果を発揮し、そして過去最悪な被害をもたらした魔術を筆頭に、精霊術の一部には《大禍》を封印する術式なども存在する。
もっとも、そのことを知ったのはヘルムタール家から絶縁されて追い出されてからになるが、オリヴィエはそれらの方法を貪欲に学ぶことにした。
幸か不幸か、オリヴィエには聖術と魔術以外の才能があった。
古老となるエルフの精霊術師から薫陶を受け、オークの格闘王から体術を、名高いゴブリンの賞金稼ぎからは銃術、秘境に住む竜の長老からは失われた呪術、東方大陸の獣人から錬金術(彼らの呼び方に倣えば錬丹術)を学びながらも、各地に発生する《大禍》に、聖術師の従者として付き従い対処する方法を学んでいく。
やがて月日がたち、各地で多くの経験を積んだ彼女は再び故郷に足を踏み入れる。
未だ単独で《大禍》を滅ぼす術は持たないが、それでも以前よりは強くなって……。
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