第二十話:新人「泥ネズミ」
◆ギルド・広場側通路/新人パーティ「泥ネズミ」視点
「なあ……マジで行くのか、あの迷宮」
声が震えてるのを誤魔化すみたいに、ニールが杖を握り直した。
「行くって言っただろ!」
トミが噛みつくように返す。短剣を二本、やたら格好つけて回してみせたが、サイズの合ってない革鎧がカチャカチャ鳴って台無しだ。
「新人向け訓練迷宮だぞ? 俺らにピッタリだって、リアナさんも言ってたし!」
「“じわじわ削られて帰り道でへばるタイプ”って、二回も念押しされたけどな……」
ニールのぼやきに、サラが小さく頷く。背丈ほどの荷物が揺れて、彼女の肩が沈んだ。
「だ、大丈夫……きっと……」
サラは回復役――と言っても、独学の回復魔法が一種類だけ。魔力も多くない。
「訓練迷宮だろ? 死なねーよ、多分」
「“多分”って言った!」
「細けえ!」
トミが歩き出す。
「行くぞ、“泥ネズミ”!」
Fランク三人組。結成二ヶ月。戦績はドブネズミ退治と薬草採取。
そんな彼らの初迷宮が、“北西の新人向け迷宮”だった。
◆迷宮入口〜滑走罠ゾーン/泥ネズミ視点
「うわ……ほんとに綺麗……」
サラが入口の灯り石を見上げる。柔らかい橙の光。滑らかな壁。妙に“整いすぎている”通路。
「もっと、じめじめした穴だと思ってた」
「それはそれで嫌だろ」
トミは笑って、短剣を構えた。
「さっさと行くぞ。罠? 踏んでから覚える!」
「トミくん、それリアナさんが注意していた進み方だよ……」
ニールの言葉は、当然のように届かない。
数歩進んだところで――
「うおっ!?」
つるっ。
トミの足が空転した。何でもない床に見えたのに、急に氷みたいに滑る。
体勢を崩したまま、低い段差へ一直線。
「トミくん!」
「うわああああ――!」
ドン。
鈍い音。痛そうな声。
「いっだぁぁ……!」
トミが尻を押さえて転がった。骨が折れた感じはないが、プライドは折れてそうだ。
「だから言ったのに……」
ニールが青ざめた顔で苦笑する。
「サラ、ちょっと回復……頼む……」
「う、うん……《ちいさな癒し》……!」
サラの掌から蛍みたいな光が落ちる。
トミの顔色が、ほんの少し戻った。
「……これで分かったね。“滑る床”がある」
「最初から気づけよ……!」
トミが涙目で叫び、二人が同時にため息をついた。
◆迷宮核の間/黒瀬視点
「ご主人、“泥ネズミ”さん、初見で滑走罠に綺麗に――」
「やめろ、実況」
「だって可愛かったので」
ナノが楽しそうに監視画面を切り替える。
「でも、落下ダメージは想定内。回復役もいるし、“痛いけど死なない”ラインです」
「そこは設計通り」
その後も三人は、期待を裏切らない。
毒針ゾーンでは「なんか床が変だぞ」と言いながら踏み抜き、
スライムではニールが悲鳴を上げて走り回り、トミが短剣で突いて溶けかけ、サラが半泣きで火種を作って――なんとか撃退。
結果。
三人とも、第一休憩スポットに辿り着いた時点で半分溶けた顔になっていた。
「こ、ここ……」
「座れる……!」
水場にかじりつくように飲んで、床に崩れる。
「満足度:79%(ナノ調べ)」
「中途半端すぎる数字どこから出るんだよ」
「滑走罠での尻ダメージが数%ぶん減点に――」
「定量化するな」
でも悪くない。
怖がってる。疲れてる。だけど目が死んでない。
「“来た意味”は感じてる顔だな」
「はい。で、このあとゴブリン前線でボコボコにされて、“今日は帰ろう”ってなります」
「それでいい」
新人の初回なんて、そんなもんだ。生きて帰れば勝ち。
◆ゴブリン前線フロア/泥ネズミ視点
休憩で少しだけ息を戻し、三人はさらに奥へ進んだ。
「……あれ」
通路の先。三体の影。
黄色い目。粗末な腰布。棍棒。――噂でしか知らない魔物。
「ゴブリン……」
サラの声が震える。足が凍ったみたいに動かない。
「大丈夫だって! 三匹だろ? 一人一体ずつ倒せば終わり!」
「トミくん、それ多分、簡単じゃ――」
ニールが言い切る前に、トミが突っ込んだ。
結果。
「いてっ! いてえって! なんで連携取れてんだよお前ら!」
トミの短剣は棍棒にいなされ、体勢を崩した瞬間に横から小突かれる。
囲んで殴るんじゃない。
“ここ痛いよね”って場所だけ、狙い撃つみたいに。
「トミくん下がって! サラ、回復!」
「ま、待って……《ちいさな癒し》……!」
サラの光が震える。
ゴブリンは深追いしない。致命傷も与えない。
だから余計に――終わりが見えない。
そして、トミがなんとか一体に傷を入れた、その瞬間。
「やったか!?」
傷ついたゴブリンが黒い煙に包まれて消えた。
――倒した。はず。
なのに煙が晴れた奥から、無傷のゴブリンが一体、すっと前に出てくる。
数は、減らない。
「え……なにこれ……終わりが見えない……!」
「に、逃げよう! ここで全滅したら本当に終わる!」
ニールの声は悲鳴だった。
トミもようやく頷く。サラはもう魔力がギリギリ。トミの足も限界。
「くそっ……覚えてろよ、緑色……!」
三人は撤退した。
休憩スポットで息を整え、それでも這うように出口へ。
外の風に触れた瞬間、サラがぽつりと漏らす。
「……また、来れる……かな」
足は震えてる。顔もまだ青い。
「こんなんで、もう一回行く勇気……出るのかな」
「出すんだよ」
トミが珍しく真面目な声で言った。入口の闇を、悔しそうに睨む。
「俺たち、“泥ネズミ”だろ。
すぐ強くなれなくても、地面の下をちょっとずつ掘ってくんだよ」
サラとニールは顔を見合わせて、少しだけ笑った。
「……そうだね」
「次は、あの緑色に一発入れてやろう」
ボロボロなのに、確かに“次”の話をしていた。
◆迷宮核の間/黒瀬視点
「――うん、好きだな。“泥ネズミ”。名前のセンスはともかく」
モニター越しに見送りながら、つい口に出た。
「ご主人、そういう“ボロボロでも戻ってくる新人”、好きですよね」
「伸びしろがあるからな。あと、撤退ができる」
ナノがくすくす笑う。
「ブラック発言出ました」
「運用だよ、運用」
でも新人が増えるのは悪くない。
迷宮も街も回る。循環が育つ。
「……で、問題は外だな」
ナノが別ウィンドウを開く。
「ご主人。グランさんのナイフ、街で噂になってます。鍛冶ギルドと道具屋の間で」
「話題になるつもりはなかったんだけどな……」
頭をかく。
“ちょっとした粗品”のつもりが、想定より刺さったらしい。
「ただ、ご主人」
ナノの声が少しだけ硬くなる。
「“迷宮ブランド”が目立つと、強い冒険者が来る可能性が上がります」
「……」
迷宮核が、どくん、と重く脈打った。
安全だと思われればいい。
だが、異常だと思われたら――討伐対象になる。
核を壊されれば、終わりだ。
「……来るよな、そのうち」
俺は息を吐いた。
「だから強化を急ぐ。第2階層も、まだスカスカだ」
◆迷宮前・夕暮れ/???視点
夕暮れの迷宮前広場。
新人たちが去り、静けさが戻った頃。
「……噂通り、賑やかになっておるな」
フードを深くかぶった人物が、岩陰から迷宮を見つめていた。
入口から立ち上る魔力の流れが、淡く見える。
紫に光る瞳が、奥底を探るように細められる。
「地脈を狂わせず、むしろ整えておる……」
肩口の小さな白い鳥が、ちち、と鳴いた。
「分かっておる。“だからこそ危うい”のだ」
若い声なのに、老成した響き。
人物は静かに息を吐く。
「人が集まりすぎる迷宮は、いずれ“国”の目にも、“教会”の目にも留まる。
その前に――どんな主がいるのか。少し、覗いておかねばな」
そして一歩。
足音も立てず、気配すら薄めて。
監視に引っかかりにくい“静けさ”のまま、迷宮へと吸い込まれていった。
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