第十八話:成長する“芽”

◆迷宮核の間/黒瀬視点


「――来たな、“夜明けの芽”」


 監視水晶に映る四人は、前回よりも明らかに“冒険者っぽく”なっていた。

 革鎧の肘当ては新しい。腰のポーションホルダーは二段になってる。歩幅も、呼吸も、落ち着いてる。


「……ふーん。いい顔つきになったじゃない」


 隣でリリがソファに寝転がり、煎餅をかじっていた。

 バリッ、という音がやけに腹立つ。


「リリ、食べカス落とすな。ロクが泣く」


「いいのよ。あいつ掃除好きでしょ」


「ロクさんが“好き”でやってるかはさておきですね」


 ナノが遠慮なく刺す。リリは気にしない。


「で、今日あいつら、どこまで行けると思う?」


「第2階層の入口までは行く」


 俺は即答した。


「装備更新。連携の再確認。情報収集。全部やってきてる目だ。

 前回の撤退が“基準線”になってる。あれを越えるつもりで来た」


「ふーん。まあ、ボクの部屋まで辿り着けるかは別として――」


 リリは最後の欠片を放り込んで、指先を払った。


「“餌”としては悪くない育ち具合ね」


「冒険者と言え」


「どっちでもいいわよ。ボクにとっては退屈しのぎ、アンタにとっては魔力タンク」


 リリが赤い瞳を細め、楽しげに笑う。


「さあ、ウチの“現場”がどう対応するか。見せてもらいましょ」


 俺たちは視点を切り替え、魔物居住区の広場へ。



◆魔物居住区・広場/ジグ視点


「――というわけで、最近、冒険者が増えてる!」


 ジグは小さな石の台に乗り、前に並んだゴブリンたちを見渡した。


 居住区は今日も賑やかだ。

 ポヨたちスライムがぽよぽよ弾み、壁際ではロクが箒で黙々と床を掃く。

 奥の鍛冶場からは、グランのハンマー音がカーン、カーンと響いてくる。


「ご主人の伝言だ。“殺すな。相手に合わせて強さを変えろ”って」


「相手に合わせて?」


 若いゴブリンが首をかしげる。


「そう。今回は追い返そうとしなくていい。“前回より少し先へ行かせる”って」


「……なんか分かってきたかも」


 別のゴブリンが頬を掻いた。


「前は“とにかく全力で殴れ”だったのに、今は“ちょっとだけ手を抜け”って感じ」


「その方がオレたちも死なずに済むしな」


 ジグは腰の新しい棍棒――グランが鉄板で補強したやつ――を握り直した。


 怖い。

 強い冒険者は、やっぱり怖い。

 でも、逃げていいラインがある。戻る場所がある。だから、前に立てる。


「ロク」


「……」


 ロクが掃除の手を止め、こくりと首を動かす。


「整備、いつもありがとう。道がきれいだと、動きやすい」


「……」


 石の胸の奥で、魔力が微かに揺れた。満足、なのかもしれない。


「よし。今日も働くぞ。配置につけ!」


「ギャッ!」


 ゴブリンたちが一斉に散る。

 その背中は、最初に召喚されたころよりずっと逞しく見えた。



◆通路/カイ視点


 迷宮に入った瞬間、空気が前回と同じで、前回と違うことが分かった。


 同じ灯り。同じ石の匂い。

 でも、俺たちの呼吸が違う。


「……慣れたもんだな」


 レオが盾を構え、ニヤッと笑う。


 滑る床ゾーン。

 腰を落として、すり足。光の反射で“ツヤ”を見分ける。転ばない。


 毒針ゾーン。

 カシュッ、と音がした瞬間、止まる。針が空しく前を走る。


「リズムさえ分かれば、怖くない」


 スライムゾーン。


「――《小炎》!」


 ミナの火が、出現と同時にスライムを焼く。

 絡みつかれる前に処理する。前回、靴を溶かされた経験が手順になっていた。


「うん。消耗、ほぼなし」


 セラが魔力の感覚を確かめ、頷く。


「行くぞ。本番はここからだ」


 俺たちはゴブリンフロアの手前で足を止めた。

 前回、心臓が縮むほど怖かった場所。――でも今日は違う。


「……いるな」


 通路の先に三つの影。


 向こうもこちらを見つけ、構える。


「来るぞ!」



◆ゴブリン防衛線/カイ視点


 激突した瞬間、違和感が走った。


 ガキンッ!


 レオの盾が棍棒を受ける。

 ――なのに、押し込んでこない。すぐ引いた。


「スカした!?」


 レオの前の空間がふっと空く。

 そこへ別のゴブリンが“すり抜ける”ように入ってくる。


「させない!」


 俺が割り込み、剣を振る。

 だが棍棒が、巧みに刃を逸らした。


(前より……上手い)


 ただの連携じゃない。誘って、外して、隙を取る。

 こっちの“慣れ”を利用しようとしてる。


「あいつらも……強くなってる!」


 セラの声が震える。

 《風刃》が足元を狙うが、ゴブリンは読んだようにバックステップでかわした。


 でも――焦りは出なかった。


 向こうが強くなったなら、こっちも強くなっただけだ。

 俺たちは“初見”じゃない。癖も、間も、知っている。


「レオ、あえて受けろ! ミナ、回復準備!」


「おう!」


 レオがわざと盾の角度を甘くする。

 ジグが食いつく。棍棒が振り下ろされ、レオがうめく――でも、耐えた。


 硬直。


「そこだッ!」


 俺は踏み込んだ。

 剣を突き出す。かわそうとする動きより速く――


 ズンッ。


 手応え。


「ギャッ……!」


 ゴブリンの顔が歪み、足元に黒い魔法陣が浮かぶ。


「次が来るぞ!」


 奥から別個体が補充される。


「押し切るぞ!」


 俺たちは畳み掛けた。

 一体、また一体。黒煙に消えていく。


 最後の一体が消えたとき――通路が、静かになった。


「……ふぅ」


 剣を下ろすと、腕がじんわり痺れていた。

 レオはへこんだ盾を撫でながら笑う。


「強くなってたな、あいつらも」


「うん。でも――私たちの方が、ちょっとだけ上だった」


 セラが汗を拭い、誇らしげに言う。

 ミナも胸を押さえながら、うなずいた。


「行こう。この先に」


 “灰色の風”が見つけた巨大な扉。

 そこに辿り着けば、今回の目的は達成だ。


 ――のはずだった。


「……え?」


 ミナが立ち尽くす。


 あるはずの重厚な黒鉄の扉が、ない。

 威圧感も、あの“ここから先は別格”という空気も――まるごと消えている。


 代わりにそこにあったのは。


 ぽっかりと口を開けた、下へ続く暗い階段だった。


「階段……?」


 冷たい風が下から吹き上がる。

 土と湿気の匂い。石造りの通路とは違う、野生の気配。


「第……二階層?」


 セラの呟きが、通路に落ちた。


 俺は階段の闇を見つめた。

 ボスがいなくなったんじゃない。――迷宮が、深くなったんだ。


 背中を武者震いが走る。


「……行ってみるか」


「おう」


「だ、大丈夫かな……」


「大丈夫。危ないと思ったら、戻る」


 そう言って、俺は先に一歩を踏み出した。

 闇が足首を飲み込み、空気が変わる。


 未知の階層。未知の匂い。未知の音。


 ――迷宮の“次”が、ここから始まる。

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