影は光に嫉妬する
西野 夏葉
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「
休み時間。
クラスメイトが繰り広げる、真面目に疑問を解決しようという雰囲気が微塵も感じられない会話を聞き流し、私は教科書を机に叩き込むと、席を立った。
授業と授業の間に設けられた休み時間は、わずか一〇分しかない。菜由が異世界に連れ去られたとかでない限り、私が彼女の行方を憂う必要もない。鮭が母なる川に戻ってくるように、チャイムが鳴るまでにはどうせ戻って来るのだろう。
それよりも今のうちにトイレへ行っておこう――と教室を出た瞬間。
「ぎゃあ!」
私は、全力疾走で教室へ入ってこようとした菜由と出会い頭に衝突した。アクセルとブレーキを踏み間違えた車が横から突っ込んでくると、こういう感覚に陥るのかもしれない。なお、冒頭の叫び声は私ではなく、菜由のものであることを申し添えておく。
数秒間、何が起きたのか理解できなかったけれど、クラスメイトが心配そうな顔色で近寄ってくるのを見て、菜由とぶつかって自分の身体が吹っ飛んだことを察した。
しかし、みんな菜由の方に視線を送っている。無理もない。菜由みたいな活発な子と違い、私はド陰キャとまではいかずとも、目立たないほうの存在だから。自分の力で床から立ち上がると、スカートの埃を手で払った。
その時。
「
大きな声だけでなく、まったく喋ったことのない彼女が私の名前を覚えていたという事実に驚きつつ、聞こえたほうへ視線を移す。
菜由も私と同じように、既に立ち上がっていた。周りには「菜由、大丈夫なん!?」「怪我してない!?」と肩や腕に手をやるクラスメイトの女子たちがいる。
しかし菜由はそれらに目もくれず、なんなら埃で汚れた制服にも構わずに、はっきりと私のことだけを、見ていた。
ちり、と胸に痛みを感じる。大勢に囲まれる彼女のことが羨ましいわけじゃない。そうじゃない。
たぶん。
きっと――。
「……たぶん」
ぽつりと呟いた。菜由は「たぶん……?」とゆっくり首をかしげてみせる。彼女からすれば、今のは相当な囁き声で喋ったつもりらしいが、これでようやく普通の人の通常のボリュームだということに気づいているだろうか。いや、ない。
「たぶんってどういうこと」
「あなたの叫び声、大きすぎて鼓膜が破れたかと思った」
これまでの交友関係のみならず、家で親と喧嘩したときも、こういう言い回しを無闇矢鱈に用いるのはやめろ……と注意され続けてきた。
そうは言っても私は彼女がぶつかってきたことで床に転ばされたし、制服も汚れて、あと三分ほどでチャイムが鳴ってしまう今となっては、トイレにすら行けなくなってしまった。ちょっとくらい「どうしてくれるんだ」と言いたい気持ちはあるが、それをそのまま口にするわけにもいかない。ただ少しだけ、指先くらいだけでもいいから(私はちょっと怒っていますよ)と伝えたいだけだ。
こうやって言えば、さしもの菜由も多少はしおらしくするかと思ったのだけれど、実際には真逆だった。
にゃはははははは、と大きく口を開けて彼女は笑い出すし、まるで山びこみたいに周りの子たちも笑い始めたのである。菜由につられて笑っているだけの子もいれば、
だが、輪の中心にいるのは、やっぱり堂本菜由。
林檎の一番甘い蜜が集まる場所。向日葵で言えば真ん中の種の部分。
林檎より甘く、向日葵の花にも負けぬ明るい笑顔を咲かせる彼女のことを、私は少しずつ目で追うようになっていった。
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