凸凹コンビの昼休憩

蓮田蓮

凸凹コンビの昼休憩

 安曇が汐海の指導に当たるようになって、一か月が過ぎていた。

 汐海という見習い車掌については、配属前から噂が多かった。学生時代に士業の資格をいくつも取っていたとか、ダンスをやっていたおかげで動きが無駄なく切れているとか。

 実際に組んでみれば、汐海の噂は誇張ではなかった。頭の回転は速く、理解も早い。真面目で、指摘されたことをそのままにしない。一度失敗して落ち込むことはあっても、それを引きずらず、次には必ず修正してくる。同じミスを二度と繰り返さないあたり、指導する側としては実にやりやすい。

 汐海は背が高く姿勢が良いし、制服がよく似合う。駅員時代にホームに立っていると、時折スマートフォンを構える客がいるという話も聞いた。

 人気が出そうな雰囲気は、確かにあった。

「どうせなら、ちゃんと仕上げてやるか」安曇が、そんな気持ちになるのも自然だった。

 汐海は安曇の事を「師匠、師匠」と呼んで、よく後をついてきた。背の高い汐海が、それより僅かに背の低い安曇の後をついて歩いている姿に、いつしか凸凹コンビと好意的に呼ぶ同僚が増えていた。

 安曇自身も、かつては声がいいと言われた車掌だ。周囲が勝手に盛り上がっていたが、今もそれは変わらない。落ち着きのある低音が聞きやすいと言われている。

 逆に、汐海の声は、若さと張りがある。よく通り、耳に残る。なので、早い段階でアナウンスも任せた。

 最初は緊張が背中から伝わってきたが、最近はだいぶ板についてきた。それでも、完全に慣れるには場数が必要だ。だからこそ、安曇は意識的に難題も与え、時に厳しく接した。

 ――独り立ちした時に、困らないように。

 そんな思いがあった。


 その日の乗務は、朝から詰まっていた。休憩は取れるが、どれも短い。昼食に使える時間は最大で三十分。

「昼は、手早く済ませるかな……」安曇は前日の帰り際、鞄にカップラーメンを二つ詰め込んだ。カップラーメンは好きだった。手早く食べられるし、とりあえず腹は満たされる。胃腸が丈夫で、好き嫌いもほとんど無いので、何を食べても平気だった。見習いの汐海も、これで問題はないだろう。


 翌日。午前の乗務は驚くほど平穏だった。

 汐海のアナウンスは落ち着いており、動作も丁寧。視線の配り方も適切で、危険個所をきちんと押さえている。

 安曇が指摘しなくても、汐海の判断で任せる事が多くなっていた。後は数をこなせば良い。


 終着駅に到着すると午前の乗務が終了した。終着駅は所属外だったが、休憩スペースは自由に使用できたので、二人でそちらに向かった。

 休憩スペースはリニューアルしたばかりで明るく広かった。

 二人並んで椅子に腰を下ろすと、安曇は鞄からカップラーメンを取り出した。

「時間がないからな。すぐ食べられるものにした。汐海も食べるか?」

 声をかけると、汐海が一瞬きょとんとした顔をしたあと、鞄を開いた。

 中から出てきたのは、コンビニの袋で、おにぎりと菓子パンが、きっちり二つずつ入っていた。

 安曇は思わず噴き出した。

「……俺たち、同じこと考えてたみたいだな」

「時間がないっておっしゃっていたので」汐海は変わらず真面目に答えた。

 結局、二人はカップラーメンとおにぎりを分け合って食べた。安曇は菓子パンを辞退した。食べ過ぎると午後が辛くなるのは経験済みだった。汐海は菓子パンを鞄にしまっていた。

 慌ただしい休憩だったが、不思議と満たされた気分になる。こういう時間も、悪くない。


 午後の乗務も穏やかに始まった。

 日中の穏やかな乗降のお陰で、駆け込み乗車をする乗客もいなかった。目立った遅延が無いので汐海が扱う発車メロディも余裕をもって鳴らしていた。

 乗換駅までの短い乗務が続いた後に、午後一番の休憩時間となった。安曇が乗換駅の裏話を汐海に話していると、彼は安曇の言葉に少し笑ったりしていた。

 二人で穏やかに休憩室迄の通路を歩いた。

 休憩室に入ると、先にいた別の指導車掌と見習いの姿が目に入った。

 空気が硬いくて重い。見習いは委縮し、指導者も戸惑いと苛立ちを隠していない。

 安曇が様子をうかがっていると、汐海が小さく声を上げた。

「挨拶して来てもいいですか?」

「研修で一緒だったのか」

「はい」

 安曇は二人の様子を伺うように見た。

 年上の見習いと年下の指導者なんだろう。多分、中途で入社して来た見習いなんだろう。指導者の方が年下な事も時々あった。多分、隣の所属の車掌だろう。見習いの研修はC支社所属の全員が一緒に受ける事になっていた。だから、汐海はあの見習いを知っていたんだろう。

 安曇は、少し考えてから頷いた。

「行って来い。無理そうなら戻ってくるんだぞ」

「はい」

 二人の方に汐海が向かっていった。汐海が声を掛けると、二人の表情がわずかに緩んだ。

 それを見て、安曇は内心で息をついた。

 ――あいつ、人との間合いを取るのがうまい。

 万能ではない。だが、自然と場を和らげる力がある。

 僅かに緩んだ空気のまま、二人は席を立ち乗務に向かっていった。その背を見送ると汐海が戻って来た。

 短い休憩が終わり、安曇は席を立つと二人で乗務に向かった。この後はしばらく休憩がなく、長い乗務が待っていた。


 本日の乗務が終わり終着駅で日誌を書き終えた後、安曇は汐海に聞いた。

「さっき、何を話した?」

「挨拶をしただけです」

 それ以上でも、それ以下でもない。汐海は余計なことはしていない。だからこそ、うまくいったのだろう。だが、そうはいかない場合もある。

「相手によっては、ああいうのを嫌がる人もいる」忠告は必要だと思ったから、安曇もあえて口をひらいた。

「はい」

「でも今回は、悪くなかったよ」

 汐海は素直に頷いた。

 ――こういうところだ。

 汐海は注意されても構えない。言葉を受け止め、次に活かそうとする。

「汐海は、そのままでいい」

「……ありがとうございます」

 安曇は笑った。良い見習いに出会えた、と心から思った。


 帰りは便乗だった。

「おじゃまします」と二人で、乗務員室に乗り込んだ。

「お疲れ様です」と挨拶をして来たのは、佐伯の同期の車掌だった。邪魔にならないようにと端に移動した。

 始発駅の乗客はそれほど多くない。安曇に気が付いた乗客が、スマホのカメラを構えだした。

 発車準備をしていた佐伯の同期の車掌の表情が引き攣るのが分かった。これでは、乗務の邪魔をしてしまうと、安曇が奥に引っ込み乗客から見えない場所に移動した。汐海もそれに倣って、奥に移動すると、カメラを構えていた乗客が、安曇の行動の意味を察してか撮影をやめてカメラをしまい始めた。

 佐伯の同期の車掌は、はっきりと安どの表情を浮かべながら、出発の動作を再開させた。

 時間通りに列車が発車した。

 過ぎていくホームを眺めながら、安曇は今日一日の汐海の行動を振り返っていた。

 車内での立ち位置、視線の配り方、さりげない気遣い。どれも、もう本物だ。

 見習いの指導期間は、指導車掌の判断に委ねられる。

「どうしたものかね」と安曇はつぶやいた。ゆっくりと学ばせてやりたいが、早く一人前になって欲しいとも思う。指導期間が終われば、試験が待っている。汐海は、その試験もすぐに合格するだろう。


 終着駅に着き、お礼を言うと列車から降りた。

「お疲れ様でした」と佐伯の同期の車掌は、待機のためホーム近くの控室へと移動していった。

 二人はロッカー室に向かうと着替えた。制服をハンガーに掛けロッカーにしまうと安曇が声を掛けて来た。

「今日、時間あるか?」

「はい」

「なら、夕飯食って帰ろう。おでん屋、旨いところ見つけたんだ」

 汐海は少し驚いたようにしてから、静かに頭を下げた。

「光栄です」


 駅の近くに、おでん屋が最近開店した。二人で、そこに向かった。

 おでんは、熱々でどれも本当に旨かった。酒は飲まず、腹いっぱい食べて解散した。

「じゃあ、また明日」

「お疲れ様でした」

 夜道をそれぞれの方向へ歩きながら、安曇は思う。

 ――あと少しだな。

 汐海の独り立ちの日は、そう遠くない。


 明日もまた、平穏な一日であるように。そう願いながら、安曇は駅へと続く道を歩いていった。


 おわり

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