第3話 鬼新娘(おにのはなよめ)の呪いと虚言

  村長は門の外で落ち着かない様子で立ち尽くし、何度も開け放たれた朱塗りの大門に視線を走らせていた。


  ​やがて、私は黒傘を差し、もう片方の手に古びた袋を提げて、屋敷から静かに足を踏み出した。黄昏時の薄明かりに溶け込む私の姿は、村長の目には冷徹な闇の化身そのものに映ったかもしれない。


  ​村長は一瞬ぎょっとした顔を見せ、迎え入れようと一歩踏み出しかけたが、大門の敷居をまたぐ勇気はないようだった。彼は門の外で立ち往生し、きまり悪そうに両手をこすり合わせている。


  ​私は顔を上げ、门の外に立つ男を無機質な視線で射抜いた。


  ​「あなたが、神凪村(かんなぎむら)の村長?」


  ​私の声は冷たく、静かだ。この古びた村の空気とは決して混じり合わない、異物のような違和感を孕んでいる。


  ​村長は慌てて頷いた。


  「左様で。わしがここの村長、佐藤(さとう)です。して、お嬢さん、あなたは一体――」


  ​私はその言葉を遮るように言い放つ。


  ​「ただの道士だと思えばいい」


  ​佐藤という名のその男は、私の身なりを見て疑念を抱いたようだったが、それ以上は何も言わなかった。私が、あの「化け物屋敷」から生きて戻ってきたのは紛れもない事実なのだから。


  ​私はそれ以上言葉を重ねず、手に持っていた袋を佐藤へと差し出した。


  ​「これ、屋敷の中にいた夫婦の遺灰。丁重に葬ってあげて」


  ​「こ、これは……」


  佐藤は戸惑いながら手を伸ばしたが、その顔にはあからさまな不快感が浮かんでいた。


  ​「その二人を弔って。そうすれば、村を騒がせている悪霊を始末してあげる」


  ​その言葉を聞いた瞬間、老村長の顔に卑屈な笑みが広がった。ようやく懸念が解消されたと言わんばかりに、彼は手のひらを返したように袋を受け取り、何度も腰を折って感謝の言葉や世辞を並べ立てる。


  ​「……感謝はいい。何が起きたのか、詳しく話しなさい」


  ​私はその空々しい感謝の儀式を切り捨て、冷静に問いかけた。


  ​佐藤の瞳に、隠しきれない恐怖が過った。まぶたがピクリと不自然に跳ねる。しばしの沈黙の後、彼は重い口を開き、過去を語り始めた。


  ​「事の起こりは一年前……。ある婚礼の夜のことでした。一人の新婦が、簪(かんざし)で新郎を刺し殺し、自らも命を絶ったのです。……それ以来、村で婚礼があるたび、真夜中に死体が引き裂かれ、鼠(ねずみ)に食い荒らされるようになりました。誰も、近づくことすら叶いません」


  ​私は少しの間沈黙し、問いを重ねる。


  ​「最初に死んだその夫婦の遺体は、どうしたの?」


  ​佐藤は一瞬たじろぎ、急いたような口調で答えた。


  「遺体なら、とっくに火葬しましたとも」


  ​その言葉は断定的だったが、彼の視線は下を向き、わずかに泳いだ。


  ​私はわずかに目を細め、低い声で告げる。


  ​「その新婦が自害した場所を、教えなさい」


  ​詳しい場所を聞き出した後、私は一刻も留まることなく、その場を後にした。


  ​これまでの経験と老村長の証言から、私の脳内にはひとつの推論が形作られていた。


  ​今回の標的(ターゲット)は、おそらく「鬼新娘(おにのはなよめ)」——婚礼の夜に恨みを抱いて死んだ新婦の成れの果てだ。この神凪村には、赤い花嫁衣裳を纏って嫁ぐという風習がある。その「紅」が、彼女の怨念をさらに増幅させ、力を与えているのだろう。今や、この村で結ばれるすべての夫婦が、彼女の復仇の生贄となる可能性がある。


  ​やるべきことは、至極単純だ。


  ​あの悪鬼が潜む場所を突き止め、この刃でその心臓を貫く。そして、この憎悪に満ちた復讐劇に終止符を打つ。それだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紅線纏:凛と霧の瞳 @KaslanaL

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画