第5話 いきなり後ろからはズルい

 ちょ、ちょっと待って。なに言ってるのこのヒト!?


「先生のものって……どういう意味ですか?」


 ニコくんも困った表情で聞き返す。


「そのままの意味さ。わたしが研究している『死霊術暗殺部隊』の一員として働いて欲しい!」


 暗殺部隊とか、また急に不穏なワードが出てきたな。


「戦争が終わったとはいえこの国はまだ不安定だ。国を腐らせる貴族や役人、それに他国の強力な術師などは排除しなければならんからな」


 なんだろう、この嫌な感じ。さっきまでのヴィルテ先生とまるで違う。


「ニコくん、この人ちょっと変だよ!」


「なんだ小娘、失礼なことを言うな」


 先生はハッキリと私を睨みつけ、性別まで言い当てた。

 間違いない。私のこと見えてるし声も聞こえてるんだ。


「先生にはモエさんが見えるんですか?」


「まあな。しかし自我を持ち受肉した死霊とは……ますます気に入ったよ」


 先生は抱きつくようにニコくんの腕を掴み、その身体を押し付ける。

 ちょっと、そこ私のポジションなんですけど!?

 いや陰キャの私にそんな積極的なことできないけどねっ!


「我々でこの国をもっと良くしようじゃないか。ニコラ・フェザール!」


 抱き着かれて顔を赤くしていたニコくんは、私と目が合った瞬間、慌てて先生を引きはがしてうつむいた。

 むう、きみも思春期真っ只中なんだねぇ……


 でも暗殺ってことは、私が戦う相手は人間なんだよね?

 それって、サリーさんから聞いてた死霊術師の在り方とは違う気がする。

 ニコくんは少し考え込んだ後、私に笑顔を向け、改めて先生の方を向いた。


「……僕は、モエさんに人間の暗殺なんてさせたくない。だからお断りします」


「ニコくん……」


 そうか、私に気を遣ってくれたんだね。

 ニコくんの優しさが胸の奥に広がって、気持ちが温かくなる。


「使い魔は敵を殺すための道具だ。それが戦場か寝室かの違いだけじゃないか!」


 ヴィルテ先生が不満そうな声でニコくんに詰め寄る。

 なんだろう、さっきから先生が醸し出す不穏というか邪悪な空気が、どんどん強くなって息苦しさすら感じる。


「そうかも知れません。でも、モエさんを召喚して分かったことがあるんです」


 ニコくんは純粋で真っ直ぐな瞳を私に向けている。


「使い魔はただの道具じゃない。モエさんは僕にとって大事な……運命の人です」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなって思わず俯いてしまった。

 そんなこと言われたら尊すぎて成仏しちゃうよ。

 きみは本当に死霊タラシな術師なんだから。


「特級死霊術師の息子とは思えん発言だな。ここまで腑抜けとは思わなかったよ」


 ヴィルテ先生が苛立ちを隠さず吐き捨てた。

 その言葉に、ニコくんは唇をぎゅっと結んだまま下を向いてしまう。


「サリアン・フェザールも、さぞやあの世で嘆いていることだろう」


 ぼそりと呟いた先生の言葉に、ニコくんの口元から歯を食いしばる音が漏れた。

 まるで不甲斐ない自分を責め立てるような冷たい感情が、魔力を通じて私の中に流れてくる。


 いくら先生でもその言い方はないんじゃない?


「大丈夫。サリーさんはいつもニコくんと一緒にいるよ。だからきみは間違ってなんかいない」


 思わず出た私の言葉に、ニコくんがはっとした表情で顔を上げた。

 私はニコくんの手を取って言葉を続ける。


「ニコくんの夢を叶えるために……私も一緒に頑張る、から」


「モエさん……」


 ニコくんの表情にいつもの優しさが戻り、温かくて前向きな感情が私にも流れ込んでくる。

 よかった。これからもその笑顔を全力で推しちゃうからね!


「そうか……できれば手荒な真似はしたくなかったのだがな」


「え?」


 私たちの会話を険しい顔で聞いていたヴィルテ先生から、突然、禍々しい魔力が噴き出した。

 同時に先生の足元に巨大な魔法陣が現れ、2つ、3つと増えていく。


「クラスメイトが何人か死ねば考えも変わるだろう」


 都合4つの魔法陣から、スケルトン、レイス、スペクターなど50体以上の死霊が現れた。

 ……これ全部先生が召喚したの!?


 一部の死霊が飛んでいったせいで観客席はパニックになっている。

 使い魔を召喚して応戦する生徒もいるけど、敵わずに押し切られているようだ。

 確か同じ種類の死霊でも、術師の経験や魔力量なんかで強さが違うんだっけ。


「これが上級死霊術師の魔力か。まあまあだな」


「やめてください先生! モエさん、観客席のみんなを守って!」


「分かった、やってみる!」


 ヴィルテ先生の言葉に違和感を覚えつつ、ニコくんの命令を優先する。

 なるほど、術師に命令されると不思議な感情が沸き上がるんだね。

 ニコくんと魔力がつながって力がみなぎるような感覚。

 これもきっと使い魔補正なんだろう。


「みんな、ごめんなさい!」


 会話する暇がないので、謝りながら死霊たちを次々に燃やしていく。

 レイスより高位の死霊であるスペクターでも、直接触れたら燃やせるみたい。

 死神みたいなビジュアルがキモいから触りたくないけど、今はそんなこと言っていられない。


「ほう、わたしのスペクターまで……何者だ小娘?」


「モエさん、すごい!」


 いやニコくん、これ半分はきみの力だと思うよ?

 移動速度もジャンプ力も、ずっときみの魔力に後押しされてるんだ。


 しかも結構な回数で死霊の攻撃を受けてるけど、かすり傷ならすぐ治る。

 深い傷でも、さっきの左手みたいにしばらくしたら塞がってる。

 これは多分『ヨミガエール』の効果だ……マジで不死身なら思う存分暴れちゃうよ!


「うりゃぁぁあ~っ!」


 両手に持ったガスバーナーを乱射するイメージで、目の前の死霊たちを手当たり次第燃やしていく。


 なんだ、私だってやればできるじゃない。

 申し訳なさもありつつ、圧倒的な自分の力に全能感と高揚感が止まらない。


「モエさん、後ろ!」


 ニコくんの叫び声と同時に感じたドンッ! という衝撃。


 ――あ、調子に乗り過ぎた。完全に油断してた。

 背中側から剣に貫かれ、お腹がすっごく痛い。

 剣が抜けない。動けない。


「ゴフッ……!」


 口から吐き出した血が剣にかかるのを見ながら、心臓は止まってるのに血は出るんだ……なんてどうでもいいことが頭をよぎる。


「モエさん!」


 こっちに駆け寄ってくるニコくんを狙って、横からレイスが飛んできた。

 だめ、こっちに来ちゃだめだ。合図を送ろうにも腕が上がらない。

 私、なにもできない……間に合わない!


「ふざけるなぁっ!」


 その声と共に、群青色のマントを羽織ったレイスが、ニコくんを狙ったレイスを剣で薙ぎ払った。


 声の主は、ニコくん――の後ろにいる、金髪野郎のジルクスだった。

 彼の足元には黄色い召喚魔法陣が輝いている。


「助かったよ、ありがとうジルクス」


「貴族の俺様をコケにするな! ここからは本気を見せてやる。行け、ソフィー!」


 ジルクスに命令された群青色のレイスが、剣を構えて周囲の死霊たちを次々斬り伏せていく。

 すごいなソフィーさん。さっき私が戦ったレイスよりも明らかに強い。

 金髪野郎はどうして試験で出さなかったんだろう?


 そうだった、私も負けていられない。

 お腹に刺さった剣ごと後ろのスケルトンを消し炭にして、左右に迫ってきたスペクターはマントを掴んで炎上させた。


 お腹の傷も焼けただれた両手も関係ない。

 私が無双すればいいってことよね?


 煙が晴れると、ニコくんの心配そうな顔がずいっと寄ってきた。


「モエさん、お腹大丈夫?」


 ちょっと待って、近い近い顔が近い!


「……うん、平気だよ。私、不死身だから」


 私は痛みを堪えて無理やり強がってみせる。

 だからニコくん、そんな心配そうな顔しないで。


 観客席の生徒たちは無事に逃げられたのかな。

 応援に来た先生の協力もあって、死霊たちはかなり数を減らしている。


 ヴィルテ先生は邪悪な空気を隠そうともせず、私とニコくんを睨みつけたまま動かない。


「まさかわしの使い魔たちがここまでやられるとは。少々遊びが過ぎた」


 さっきまでとは違う低い声色で、ゆっくり近づいてくるヴィルテ先生。


「その身体を乗っ取る方が手っ取り早い。こいつはもう用済みじゃ」


 先生からぶわっと強い魔力が噴き出しすと同時に、その頭上に赤い法衣を纏い宝玉の付いた杖を持つ、ミイラのような死霊が浮かび上がる。

 先生は糸の切れた操り人形のように、がくっと地面に倒れ込んで動かなくなった。

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