第6話 推しのVtuberからリアルで告白された

 翌日の朝。俺はただの登校であるというのに、何故か緊張していた。

 昨晩のルナの「明日の放課後、学校の図書室でまた一緒に勉強しよ?」という言葉が脳裏から離れない。ただの配信上での冗談なのか、或いは俺個人へのメッセージなのか。期待と裏切られてしまうという不安が入り混じって、おかしくなりそうだ。


 教室の扉に手をかけて、朝のHR前の教室に入ると騒々しい空気が漂っている。

 窓際の一番後ろの席の隣に白凪さんがいる。彼女は友達と会話しているようだった。


 ただ、俺の足音に気づいたのか、顔を上げた彼女と一瞬目が合った。

 ドキッと心臓が鼓動を鳴らす。

 ただ、同時にすぐに逸らされてしまう。

 ……何だ、今の反応……。

 避けたとも、意識しているとも取れる微妙なものだった。

 俺はひとまず、自分の席についた。


 その後横目に白凪さんを眺めると、彼女はクラスの一軍グループの女子と話をしながら微笑んでいる。偶然にも昨日は図書室で話し込んでしまったが、本来であれば俺のような陰キャが気安く話しかけていい存在ではない。昨日のことは、全部俺が都合よく考えた妄想だったのではないか? そんな疑念が俺の中で生まれた。

もし、その幻想が崩れた場合、ダメージを負うのは俺自身だ。


とはいえ、逆にそれが本当だとしたら?


俺が放課後、図書室に寄らずに帰るということは推しであるルナの誘いを無視する。それは即ち、ルナの勇気を踏みにじる行為と同義だ。

一人のリスナーとしてそれは避けたい未来だ。

推しを悲しませるなんて、ファン失格だからな。


◇◆◇◆◇


放課後の図書室。俺は昨日と同じ窓際の席に座っていた。

だが、辺りには誰もいない。やはり気のせいだったのだろうか?

 昨日の配信の言葉を真に受けてみたが、勘違いだったかもしれない……。俺がそう思った途端、引き戸が開かれる音がする。


「あ、真城君。……また居る」


 白凪さんが来た。まさか本当に来るとは……。


「白凪さん、今日も放課後に勉強か?」

「うん、テストも近いからね」


 白凪さんはどこか視線を彷徨わせたあと、空席に手をかける。

 しれっと俺の隣に座るのかよ……。

 ふんわりと甘い香りがして、昨日よりも彼女の存在を強く意識してしまう。

 横目で彼女を追うと、机の上にノートと参考書を広げる。

 昨日の配信の言葉は俺宛であるならば、ここでネタバらしをするはずだ。

それとも偶然の一致で本当に勉強をしに来ただけなのか。

 暫く沈黙が続いて、俺は勉強どころではなかった。

 手汗が滲む中、俺は心のどこかで白凪さんが『実はね……』と話を切り出してくれるんじゃないかって思っていた。だが、その気配が無かったので、俺もようやく心を切り替えて、何も考えないよう手元の問題集を解いていく。


 そして、一時間が経過。

 更に二時間……。

 更に、更に三時間が経過。


 な、何も起こらない……。

 というか、昨日と違って俺と白凪さんはその間にろくな会話もなかった。


 彼女は相変わらずも数学の問題集に向き合っているようだ。


「……」


 ここまできて、結局気のせいだったのかよ。

 勝手に期待をして、勝手に裏切られた気分になるなんて、愚かにもほどがある。

 窓の外は暗くて、時計の針は下校時刻を指している。

 そろそろ帰るしかないな……。

 俺がそう決意をして、机に並べていた筆記用具やらを鞄にしまって席を立ち、その場を離れようとした瞬間だった。

 ガタンっ! と勢い良く椅子が引かれる音が響く。


「待って、真城君!」


 白凪さんのそんな声と共に俺は彼女に手を引かれて、強制的にその場に踏みとどまった。


「あの、大事な話があるの」


 繊細な声を聞いて、俺は確信した……。これは本当に来るのだと。

 やっぱり白凪さんは……。


「真城君ってさ……好きなんでしょ? Vtuberの、天宮ルナのこと」

「……うん、そうだけど」

「なら……昨日の配信、観てたよね?」


 ……とうとう来た。この話が。


「あぁ、観てたよ。『放課後、図書室に来て』って……。やっぱり白凪さんは……」


 俺がそう問いかけようと、それを遮るように白凪さんが言葉を紡ぐ。

 それは俺が一番聞きたかった言葉だった。


「うん。君の推し、目の前にいるよ。……私が、天宮ルナだから」


 静かな図書室で白凪さんの告白が俺の耳に響く。

 窓越しに見える月が明るく夜を照らしている。

 あの絶望だった夜に光を与えてくれた彼女が、今俺の目の前にいる。

 どう言葉にしていいのか分からなかった。

 こんな感情を簡単に言葉で表せるはずがない。

 彼女は少しはにかんで、何処か懐かしむような瞳で俺を見る。


「真城君は、前世の頃から私の事知ってるリスナーだよね。それも、一番初期の」

「……懐かしいな」


 あの日、絶望の底にいた俺と、誰にも見つかっていなかった彼女。


「たまたま観た配信で、俺しか居なかった。……本当に、偶然だったんだ。あれから徐々に人気になって、天宮ルナとして羽ばたいた」


 俺が過去を振り返ると、白凪さんが胸に手を当てながら切実な表情でこう言った。


「私、ずっと感謝してたんだ。姿が変わって、ルナになった後も、ずっと応援してくれてたから。……だから、ありがとう」


 真っ直ぐな瞳でそう言われて、熱いものがこみ上げてくる。まさか推しから直接そんな言葉を言われるとは思ってもみなかった。信じられないような出来事が続きすぎて、いい意味で脳が悲鳴を上げている。


「お。おう……何かこう、変な感じだな」


 照れくさくて、俺は思わずそう漏らした。俺が受け入れられる非現実的なシチュエーションのキャパはもうとっくに限界を超えている。画面の向こうに居る存在が、今息のかかる距離に居る。ただこれは間違いなく現実なのだ。


「これからも私の事……、ルナの事を推して欲しいな」


 白凪さんは満面の笑みを浮かべながらそう告げて、右手を俺に差し出した。


「あと……友達になって!」


 推しのVtuberからの直々のお誘い。まさかこんな展開になるとは。

 俺はやや手を震わせながらも、その小さな手を握り返した。


「も、勿論! 俺でよければ」


 月が照らす図書室。かつてネットの世界で顔を分からない同士で出会った俺たちは、本当の意味で今日、現実世界での再会を果たした瞬間だった。


◇◆◇◆◇


 白凪さんから正体を明かされた数時間。俺はいつものようにPCの前に座り、天宮ルナの配信枠を眺めていた。モニター越しには、今日もルナが可愛らしく動いているが、俺の心境は昨日までとは少し違う。何故なら彼女は俺の推しであると同時に、隣の席の友達になってしまったのだ。


「あ、そういえばね! みんなに報告があるの!」


 明るいトーンでルナがそう切り出すと、コメント欄がざわつく。

 あえてもったいぶるような間が更にリスナーを食いつかせる。


「昨日の配信で話してた件だけど、今日の放課後の図書室で……その友達に、私がルナだってこと、バラしてきました!」


 その一言でコメント欄が雪崩のように勢いづく。


『うおおおおおwwマジかww』

『ルナ様からリアルの告白!?』

『展開早すぎだろ笑』

『相手の子の反応どうだった!?』


 またもやお祭り騒ぎになるコメント欄を眺めながら、俺は帰り道の会話を思い出す。

 あの後俺は、白凪さんと一緒に駅まで帰ったのだ。


「ねぇ、真城君。今日の出来事、配信でも話していいかな?」

「良いけど……。でも男とは仲良くしてるなんて言ったら炎上するんじゃないか? ルナはアイドル的な人気もあるし」

「うーん……。そうだなぁ……」


 少し悩ましい表情を浮かべる白凪さんは、直後に何か思いついたようにこう言った。


「じゃあ、真城君には設定上、女の子になってもらいます!」



————。


「その友達、『ゆうちゃん』って言うんだけどね!」


 画面上のルナが、しれっと俺の新しいあだ名を告げる。ゆうちゃん……。

俺の名前をちゃん付けしただけである。まぁ、女の子の名前としても違和感はないけど。


「ゆうちゃん、ルナが真実を告げると凄い驚いてくれて面白かった。ルナの事前から最初から応援してくれてたみたいで、意外とすんなり受け入れてくれたよ!」


『名前はゆうちゃんというのか……』

『これもう実質百合だろ』

『ゆうちゃんも絶対にいい子』

『ルナ様に友達出来て一安心だ』


 リスナー達が以外にも『ゆうちゃん』を受け入れていて困惑というか複雑な気持ちである。まぁ、皆は女だと思っているみたいだけど、実際は男なのだが……。

 まぁ俺が出しゃばってルナの活動が上手くいかなるなるのは避けたいし、これでいいのだろう。


「これからは変に気を使わないで、普通の友達として接して欲しいって伝えたよ」


 画面越しに、ルナと目が合った気がした。

 気のせいだろうと、思っていると、彼女がこんな事を言い始めた。


「ね、ゆうちゃん? 今、観てるでしょ?」

 俺に対するルナからの呼びかけに、コメント欄が更に噴き出す。


『草www』

『ルナ様の友達きたー!』

『おーい! ゆうちゃん、出てこーい笑』

『配信上でやり取りは草生えるww』

『ゆうちゃん、コメントしてくれー!』


 やべぇ……。コメ欄が滅茶苦茶盛り上がっている。

 とはいえ、ここで俺がコメントするわけにもいかない。そもそもアカウント名は『mashiro』で登録しているのだ。俺がコメントした所でゆうちゃんだと誰も認知してくれないだろう。俺は何もできずにコメントが収まるのを待った。


 そんな俺を見透かしたようにルナがアバター越しに、嬉しそうに笑う。


 ……全く何て事をしてくれたんだ。

 家では推しのVtuberである彼女は、学校では隣の席にいる高嶺の花の美少女。そして、配信上で俺は女友達のゆうちゃんになってしまった。純粋な推しへの気持ちに秘密とか噓が混じりこんで滅茶苦茶だ。一番の変化は彼女とリアルで友達にまでなった事だろう。


 ある意味では、明日から推しとリアルとバーチャルの両方で繋がる二重生活が始まろうとしている。


「ふぅ……俺はこれから、どう過ごせばいいんだ」


 俺の小さなため息は、ルナの声と賑やかなコメント欄にかき消されていくのだった。


◇◆◇◆◇ 瑠奈視点


 配信の終了ボタンを押して、OBSのソフトを閉じる。さっきまで演じていた「天宮ルナ」から素の自分にゆっくりと戻っていく。自分の延長線上にあるキャラとはいえ、配信中はいつもの自分よりもテンションは高めだ。


だから配信が終わると、少しほっと息をついてしまう。私はゲーミングチェアにもたれかかりながら天井を見上げ、今日の学校での出来事を思い出す。


……まさか、真城君が私の探していた『あの人』だったなんて……


 私が天宮ルナに転生する前の話。家にも学校に馴染めなくて、居場所が無かった私が誰かと繋がりたくて始めた配信活動。どうやって人を集めたらいいのかも分からなくて、誰も来ないから、配信を辞めようとしたあの日の夜。

 そんな時に丁度、彼が来てくれたんだ。


『こんばんは』と一言表示された後彼と沢山お話をして、最後に『ありがとう』とお礼を言ってくれた。あのやり取りを通して、自分がここに居ていいんだって、存在が認められたような気がして嬉しかったな。

配信を辞めずに天宮ルナとしての活動を続けられたのは間違いなく、彼のお陰だ。

 私はスマホを取り出して、転生前にやり取りをした最後のDMのやり取りを眺める。

そこには『mashiro』という名前のアカウント名。

彼は私が天宮ルナになった後も、ずっと応援し続けてくれた。

―――ずっと……お礼を言いたかったんだよ?

 恩人にして、一生会うことはないだろうと思っていた相手が、まさか転校先のクラスメイトで隣に座っているなんて奇跡的だ。偶然にしてはあまりにも出来すぎている。


 ―――これって……、運命だよね?

 どういう訳か、私は明日学校に行くのが待ち遠しいと思ってしまっている。

 ねぇ、明日から君のこと、離さないよ?

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推しのVtuberがクラスのS級美少女だった件~配信とリアルで時々、俺にだけ重い愛(ヤンデレ)を向けてくるんだが!? 神楽 @Akatukikunn

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