青き碧の仲間たち
高階闇堂
プロローグという名の前説。
ここは、北海道内のとある都市、
東西に有名な大都市を挟むこの地方都市は、人口二十万を抱え、海と山に挟まれた小都会である。
「決して派手ではないが、暮らすには困らない」
「程よく都会で、程よく田舎」
そんな評価が内在する街だ。
現実、駅前の中心部には、駅直結の大型ショッピングモールを筆頭に、商業施設、病院、市役所といった公共設備が揃っている。
一方で、そこから少し離れれば、古めの住宅街や田畑が顔を覗かせる。
碧市とは、そうした二つの顔を併せ持つ都市である。
そんな碧市から、鉄道で十五分ほど揺られた先。
「碧市学園都市線」と名付けられた路線の終着駅が、
この町自体は、田舎町である。
駅周辺には商店街が並び、駅を挟んだ反対側には飲み屋街や宿泊施設が軒を連ねる。
だが、この町の特殊な点は、人口に対して学生の比率が異常に高い、というところにあった。
紺碧町には複数の小中学校もあるが、主体となっているのは三つの私立高校である。
男子校・
女子高・
そして、共学であり、最大の人口を擁しているのが――
私立
創立は昭和三十年。
戦後の高度経済成長期、この町の広大な敷地を一手に買い取り、
「次代を担う人材の育成」
を掲げて設立された学園は、半世紀以上の時を経て、一つの「街」として機能するまでに発展を続けてきた。
実際、青碧学園は名門として名が知られている。
高めの偏差値、大学進学率、上位企業への就職率。
いずれも優秀と呼んで差し支えのない実績だ。
だが、学園の名を全国に知らしめている最大の要因は、名門の名にそぐわない、その「あまりにも」がつくほど自由な校風にあった。
規律や規則がないわけではない。
しかし、名門校にありがちな締め付けや詰め込みとは無縁である。
表向きの校訓は「自主性・誠実・向上心」。
だが、学園生やOBOG、教職員に共通する認識は、もっと雑で、もっとおおらかだ。
「ここは青碧だから」
この一言で、あらゆる理不尽、不条理、シュールレアリズムさえも許容されてしまう。
そんな空気に魅かれ、全国各地津々浦々から様々な個性的な学生が集った結果、
青碧学園はいつしか「個性のごった煮」と称されるようになった。
青碧学園は、全国的な認知においては文化系が圧倒的である。
吹奏楽部、美術部、写真部などの文化系部活動は全国大会の常連であり、コンクール上位入賞者の名簿には、必ずと言っていいほど学園生の名が並ぶ。
文化系が、名門・青碧学園としての評価を押し上げてきたと言っていい。
対して、体育会系はどうか。
部活動の数は一通り揃い、人数もそれなり、設備もそれなり。
だが、大会においては「弱小」の名で知られる学校だった。
「真面目にスポーツをしたい奴が行くところではない」
そう評されることさえあったのである。
さすがに学園側もそれを憂えたのか、近年になってようやく体育会系の振興にも力を入れ始めた。
だが、結果に結びつくにはまだ程遠く、現状ではあくまで「萌芽」と呼ぶにとどまる程度の成果に過ぎなかった。
外部から見れば、「文化の青碧」という評価は、依然として揺るぎそうになかった。
文化は名門。
体育は弱小。
懐の深さは、ほぼ無限大。
そんな青碧学園にも、受験シーズンは訪れる。
時は二月。
私立高校受験の真っただ中だ。
吐く息は白く、肌に突き刺さる寒さは鋭い。
町では、雪道に慣れない内地の学生が転倒する姿も、時折見られた。
受験生たちは、それぞれの思いを胸に、「合格」というただ一つの目的を目指して、学園の門をくぐっていく。
試験前の静かな教室。
人影はまだまばらで、それぞれが思い思いに机に向かっている。
青碧学園高等部の、その一教室でこの日起こった出来事は、
当事者ではない大多数の受験生にとっては、些細で、取るに足らない小さな出来事だったはずだった。
だが、後に思い返すとき。
これがすべての始まりだったのだと――
そう振り返ることになる。
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