始まり

2013年 7月某日

キィーンコォンカァンコォーン......

キィーンコォンカァンコォーン....


夏休み前最後のホームルームが終わり、昼下りを告げるチャイムが響く教室で生徒たちは思い思いの計画を語り合っている。アオイはそんな何処か浮き足立った賑わいをよそに静かに鞄を閉じ、渡り廊下を抜けた先にある下駄箱に向かうと月島リョウタの姿があった。

「おそ。」

「別に待っとってて頼んどらんし」

アオイがシューズを袋に入れ、外履きに履き替えながらそう言い返す

「今日うち来る?」

「どっちでも」

「なら来いよ、どうせ暇やろ」

「暇じゃないし……あんたこそ、どうせそういうことしたいだけやろ」


「ちゃうわ」


そんなやり取りをしながら二人はリョウタの自転車が置いてある駐輪所に向かう。

「なあ後ろ乗してよ」

「こない所で二人乗りなんかしたら、生徒指導の和田にどつき回されんで」

リョウタが自転車を押しながらアオイも後を追う様に坂を降りて行く。やがて坂を降り暫く歩いた頃

「はよ乗れよ」

リョウタが背中越しでぶっきらぼうにそう言った。アオイはそれに呼応する様に自転車に足をかけ手をリョウタの肩に乗せると、自転車はキコキコとぎこちない音を立てながらアスファルトの道を進んでいき


「なぁもう少しスピードでらんと?」

「乗せて貰っといて文句垂れんなや。」


下り坂の曲線を自転車がなぞると蒼い空の果てに聳える入道雲が二人の視界に広がった。


「大きい入道雲」

「せやな」

「あの中どないなっとちゃろ」

「さあな」

「アオイ」

「何?」

「早う大人になりたいな」


それから自転車はアスファルトの道を進み続けリョウタの家のアパートに到着すると、自転車置き場に自転車を停め、二人で四階に続く鉄骨の階段を登った。辺りでは蝉の声がジンジンと鳴り響き暑さを助長させる中、リョウタがポケットから鍵を取り出し扉を開けると見慣れた玄関が顔を覗かせる


「ただいまーって、誰もおらんか」

「あんた何回そのやり取り何回目?」


二人は他愛のない話をしながら電気の付いてない蒸し暑い部屋の中を進み、鞄をその辺に雑に置くとリビングのソファに腰掛けた。


「にしても暑いな」


「うん」

「なあ」


それから何気なく口づけを交わすと崩れる様にそのまま身体を重ねた。窓から差し込む光は二人を淡く照らし、冷房のない部屋に夏の午後特有の重たい静けさが漂ってる。行為が終わったリビングに暑さと気怠さが残る中

「めちゃくちゃ腹減ったな」

とリョウタがクーラーのリモコンを付け天井を見上げる。

「いつもいつも相変わらず忙しないね」

「何が」

「何でも」

「アオイは腹空いてへんの?」

「空いてる」

「じゃ適当に飯作っといてやるから、先風呂入ってき。着替えは前来た時のやつが俺の部屋にあるからさ。」


アオイは脱ぎ捨てた服を手に取りリョウタの部屋に向かった。部屋は見かけによらずいつも綺麗に掃除が行き届いており、ベットの横に置いてある着替えが入った袋はリョウタの洗剤の匂いがした。

「わざわざ洗濯なんかしてくれなくていいのに....」

それからシャワーを浴びリビングに向かうと

ソースの香ばしい匂いが部屋を満たしており

「今日の昼オムそばでいいか?」

カウンターキッチンの先に立つリョウタが作業の合間に尋ねた

「うん」

「もう直ぐ出来るから座って待っとき」

リョウタに促され、リビングでテレビをつけぼんやりを眺めていると、オムそばを手にしたリョウタがやってき

「俺風呂入ってくるから」

とテーブルにオムそばを置くと風呂場に消えていった。誰もいなくなったリビングにテレビの音とリョウタが作ってくれたオムそばが残り、アオイはテレビを見ながら徐にそれを口に運んだ。リョウタとは中一の頃福岡から転校してきて同じクラスで委員会が一緒になった際よく話す様になり、その年の夏に初めて行為に及んでから成り行きで一緒にいる事が増えた。後悔こそしていないが時たま訪れる海の底に沈んでいく様な感覚に後戻りが出来てない所まで自分たちを連れてきたのだと思う事はあった。

それから風呂から上がったリョウタがフライパンから残りのオムそばを盛り付けるとテレビを見ながらかき込み、二人で食器を片付けたあとリョウタの部屋で各々の時間を潰した。

「なあ、またあれ弾いてよ」

アオイがベットで仰向けになりながら勉強机で本を読むリョウタに尋ねる

「また、相変わらず好きやな」

「いいから早う弾いて」

アオイに急かされ、リョウタが読んでる本を起き渋々三線を手に取ると、徐に弾き始める。三線の静かな音色は部屋の中に広がっていきアオイは目を閉じるとその空間に身を委ねた。


「てか三線なんてどこで習おうたん?」

「近所の爺さんがよう弾いとってな、教えてもろうてん。」


「じゃリョウタにとっては先生やね」

「そんな大層な爺さんやないで。手癖は悪いし酒飲みやし。けど....不思議と嫌いじゃない」

「人間なんて嘘つ合うて生きてるんやから、それでも好きだと思える所があったらなええんとちゃう?」

「……まー、それもそうかもな」


それから夕方になり


「じゃ私そろそろ帰る」

アオイが身支度を帰る準備を始める中

「送ってくで」

「いい。今日は少し歩きたい気分だから」

「そっか....、じゃ気をつけて帰れよ」

と提案を断り、玄関まで見送りにきたリョウタに別れを告げるとアパートを後にした。家路へと向かう西の空では燃えるようなオレンジ色から、深い藍色へとグラデーションを描き、アオイは潮風が薫る夜空に瞬き始めた一番星を見上げた。

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