年を数えるお寺

熊谷聖

数えるお寺

 僕、介護職をしてるんです。

 正月でも仕事があるのでなかなか帰れないんですが、去年は久しぶりに年越しを地元で過ごしました。


 地元は山形の山奥なんです。町からさらに外れた、雪で家の輪郭が消えるようなところです。

 親戚が集まって、酒を飲んで、テレビを見て。いつもと同じ正月でした。従兄弟にお年玉をせがまれて、数万円持ってかれました……大人になると分かりますが、お正月に大人達が少し暗い顔をしていたのが分かりますね。


 そんな感じで久しぶりに実家でゆっくり過ごして、大晦日に除夜の鐘を鳴らしに行くことになったんです。

 そこでただ、一つだけ昔からはっきり説明してもらえないことがあります。


 地元に、古いお寺が一つあるんです。

 平安時代からある由緒あるお寺で、街の神社が遠いから除夜の鐘も初詣も、全部そこでした。


 そのお寺では、鐘をつく前に必ず「名簿」に名前を書く決まりがあります。

 本堂に置かれた分厚い帳面で、表紙は布張り。古くて、色が分からない。


 子供の頃、理由を祖母に聞いたことがあります。


 「なんで名前書くの?」


 祖母は一瞬、言葉に詰まってから、


 「山の人に、挨拶するためだ」


 と言いました。


 誰のことか聞こうとすると、


 「子供は、知らなくていい」


 と、話を切られました。


 大人になってから見返すと、その名簿には奇妙な特徴があります。名前の横に、小さな丸がついている人がいました。


 全員じゃない。

 高齢者ばかりです。


 去年の大晦日、名簿を見ていると、酔っ払った叔父が覗き込んできました。


 「ああ、その印な」


 意味を聞くと、


 「鐘をつかなくていい人だ」


 とだけ言って、酒を飲みました。冬の寒さの中、お年寄りは歩くのすら大変ですからね。介護やってても寒さなど気温は本当に命取りになりますから。子どもの俺は聞きました。


 「体が弱いから?」


 と聞くと、


 「弱い、っていうか……もう十分だろ」


 と、視線を逸らしました。

 十分って何が?と聞いても叔父はそれ以上は話しませんでした。


 夜、こたつで祖母と二人きりになったとき、もう一度聞いてみました。


 「丸って、なに?」


 祖母は、テレビの音量を上げてから、


 「それは……年を越さない人の印」


 と言いました。


 冗談だと思って笑うと、


 「笑う話じゃない」


 と、小さく言いました。いつも優しい祖母が真顔で言ってきたのでびっくりしました。祖母はすぐにいつもの優しい笑顔で「みかんでも食べるかい?」と言ってきたのでもらいました。


 それ以上は、何も教えてくれませんでした。




 除夜の鐘をつきに行ったとき、住職さんがいました。

 昔から変わらない人で、背が低く、声が静かな人です。


 僕が名簿を見ていると、


 「ちゃんと書いたかい」


 と聞かれました。


 「丸がついてる人って、何なんですか?」


 誰も教えてくれない、住職さんなら絶対知ってると思いそう聞くと、少し考えてから、


 「山が選んだ人だよ」


 と言いました。


 「選ぶ?」


 「この土地はね、年を重ねすぎると、重くなる」


 雪、食糧、道。昔から飢饉に苦しんできた教訓だって言ってました。

 どれも限りがあるから、と。


 鐘をつき終えたあと、名簿の前年のページを見ました。丸のついた名前は、すべて赤い線で消されています。


 その中に、祖母と仲の良かった人の名前がありました。

 でも、その人の葬式を、僕は知りません。


 叔父に聞くと、


 「静かだったろ」


 とだけ。


 「寺が、ちゃんとやったからな」


 と、付け足しました。


 何を?と聞く前に、


 「昔は、鐘じゃなかったんだけどな」


 と、独り言みたいに言いました。



 今年の大晦日も鐘の音は、一定の間隔で鳴り続けていました。

 その合間に、雪を踏む音が混じっている気がしました。


 まるで、誰かを連れて行く足音みたいに。


 でもまあ、難しいことはよく分かりません。

 祖母は去年亡くなりましたがちゃんとお葬式はやりました。

 家族も元気だし、それだけで良い年になりますよね。


 皆さんも、今年は良い年になりますように。

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年を数えるお寺 熊谷聖 @seiya4120

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