第21話

「…領民が納得しないでしょう。どこの馬の骨とも分からない男が、いきなり領主としてやって来るなんて…」

「その点は心配ない。きみは私の親戚の息子だと、領民達に紹介する」

「…どうしてそこまで、俺に固執するんですか?」


スティーブが、公爵の息子だという証拠は何もなかったのに。

リヴァーデイル公爵は、スティーブの両肩に手を置いた。

「…きみがいくら否定しようとも、きみにはリヴァーデイル公爵家の血が流れている。私には分かるんだ」

「…公爵様」


この時スティーブは、公爵が息子を失ったショックで、本当はずっと前から正気を失っていたのではないか、という恐ろしい疑惑が、一瞬脳裏をかすめた。


公爵は、スティーブが動揺している事に気が付いて、ふっと笑った。

「…私の正気を疑っているのか?…まあ、そう思われても仕方が無い。では、こうしたらどうかな?私はきみの事が気に入った。だから称号と領地を与える。大貴族の、ただの気まぐれと思ってくれていい」


「それでも、俺のような身寄りのない孤児が頂くには、あまりにも大きすぎる贈り物ですよ…」

「きみは、好きな女性はいるかね?」

スティーブの脳裏に、ストロベリーブロンドの髪と、緑の瞳を持つ、意志の強そうな顔をした女性の顔が浮かんだ。


「…その顔は、いるようだな。もしきみが、その女性に求婚する時、称号や領地を持った男は、他の求婚者達よりも、有利な立場に立てるぞ」

スターリング伯爵家の名誉が回復して以来、イザベラとリリーに求婚しようとする者達が、毎日のように屋敷に押しかけて来るようになった。


伯爵は「本人の意思に任せる」と言っているが、リリーも既に23歳である。

貴族の女性なら、そろそろ結婚を真剣に考える年齢でもあった。

スティーブは、身寄りも財産もない自分が、彼女に求婚する事は、今まで考えた事も無かった。


しかし、リヴァーデイル公爵の提案で、それが一気に覆される事となった。

スティーブの胸に、希望が湧いて来た。

こんな自分でも、好きな人と結婚できる、という希望である。

公爵は、彼の変化を、すぐに感じ取ったようだ。


「これは取引じゃない。領地と称号を与える代わりに、何かを差し出せ、と要求するものでもない。きみがリヴァーデイルの近くにいる、と思うだけで、私は安心できる。…頼む、私の申し出を受けてくれ」


リヴァーデイル公爵は、すがるような目でスティーブを見た。

スティーブは、縁もゆかりもない自分に、ここまでしてくれる事に、もはや感動すら覚えていた。


この人の申し出を、断る事は出来ない。

スティーブは、覚悟を決めた。

「…分かりました。お受けします」


スティーブの返事に、公爵はほっとしたようだ。

「…おお、良かった。ありがとう、ジェ…スティーブ…君」


公爵は、誰の名前を呼ぼうとしたのだろうか。

その時、村人から知らされたのか、スターリング家の人々が走って来た。


「…リ、リヴァーデイル公爵様…!どうしてここに?」

スターリング伯爵が、60度のお辞儀をしてから尋ねた。

「たった今、スティーブ君に、ハンター卿の称号と、領地を与えたのだよ」

「ええっ?!」


家族全員が、見事に口を揃えた。

「ど、どういう事ですか?スティーブが、何か手柄を立てたのですか?」

「お父様、落ち着いて」

「ふ~ん、ハンター卿かあ…スティーブにぴったりね」

「イザベラ、呑気な事を言ってる場合じゃありませんよ」


家族が一度に話し出して、公爵は始めの内は当惑していたが、やがて大きな声で笑いだした。

「…スティーブ君、きみの家族は面白い人達だね」

「…はあ」

さっきまでの深刻な空気が、スターリング家の出現で霧散してしまった。


スティーブは、リリーがじっとこちらを見ている事に気が付いた。

「どうしましたか?リリーさん」

「…これでスティーブも、地主さんになったんだなあ、って思っただけ」

スターリング伯爵が、娘の指摘にはっと気が付いたようだ。


「…そうだ。スティーブがハンター卿になったら…偉くなって、もう私達とは口もきいてくれなくなるかもしれないぞ!」

「あなた、何を言っているんですか。スティーブに限って、そんな事ある訳ないでしょう」

夫人に言われて、伯爵は「そ、そうだな」と考え直したようだ。


そもそも、伯爵は、「なんとか」卿よりも身分が上である。

スターリング伯爵は、動揺の余り、おかしなことを口走っている事に、気が付いていなかった。

「お父様、落ち着いて。スティーブが別人になった訳じゃないわ」

リリーの言葉に、伯爵はようやく正気に戻ったようだった。


彼は、リヴァーデイル公爵に頭を下げた。

「お見苦しい所をお見せして、申し訳ございません、公爵様。私達の息子が、こんなに素晴らしい贈り物を頂けるとは…」

「なに、これも何かのご縁だろう。彼が隣の地主になったからと言って、何か変わる訳ではない。これからもスティーブ君を、よろしく頼む」


「…はいっ!」

スターリング家の一同は、リヴァーデイル公爵が乗った馬車が、見えなくなるまで見送った。



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