THRONEFALL:天が血を流した日

サジャル・アリカズタ

プロローグ:堕ちた後、世界が気づく前に

空は、血を流すはずがなかった。


それは常に完全だった。

遥か高く、触れることも許されない。

神々が統べ、

天使が従うための、永遠の天蓋。


——その夜、空は壊れた。


雷鳴はなかった。

予言も存在しなかった。

天はただ……崩れたのだ。


銀色の亀裂が天穹を走り、

閉じることを拒む傷のように光が滲み出す。

星々は震え、

時は一瞬、躊躇した。


その中心で、

一柱の女神が崩れ落ちた。


ルネスラは叫ばなかった。


彼女は膝をつき、

胸に手を当てる。

そこでは、既に“核”が砕け始めていた。

赤ではなく、神聖すぎる血が、

割れた空に零れ落ちていく。


その前に立つのは、一人の天使。


黒き翼。

天に属さぬ色。


彼は手を伸ばした。


——だが、遅かった。


「アレン……」


彼女はその名を、そっと口にした。

天に奪われることを恐れるかのように。

その唇に浮かんだのは安らぎではなく、謝罪。


「ごめんなさい」


光が、消えた。


空は閉じ、

亀裂は消失し、

歴史はこの瞬間を“事故”として書き換えた。

罪なき悲劇として。


だが、ただ一つ。

消えなかったものがある。


神なき空の下に立つ、

黒翼の天使。


その手に残る血と、

答えを返さぬ沈黙だけを携えて。


遥か彼方で、

何か古き存在が、それを“認識”した。


そして地上では、

平穏な夜を信じる世界が、

何も知らぬまま眠り続けていた。


堕落は、既に始まっていた。


ただ——

誰も、それをまだ知らなかっただけだ。

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